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2009/03/08

Permalink 13:06:27, by Nobuo Sakiyama Email , 0 words   Japanese (JP)
Categories: 政治

薬事法施行規則の改正についての手続き的な疑義

そもそも、今回の薬事法施行規則の改正、個人的には手続き的な疑義が生じてきた。

「悪しき業者行政」の改革として行政手続法によるパブリックコメント制度などが整備されてきたわけなのだけれども、そうした改革のひとつに政策評価制度がある。政策評価制度自体は事後評価が中心かつ先行して行われてきたのだけれども、第二段階として試行ののち「規制の事前評価」が導入され、規制の導入や改廃については規制影響分析を実施することが2007年から義務づけられている。

そこで、厚生省の平成20年度規制影響分析書一覧をみてみたのだが、医薬品の通販禁止、という項目や、それが含まれそうな項目はない。試行時期を含めて遡っても、掲載されていない。通販の禁止で医薬品ネット通販業者のみならず、多くの伝統薬の製薬会社が存亡の危機というのは、あきらかに国民の権利に大きな影響を与える事態で、規制影響分析が行われないというのは不適切な事態のように思われた。

ただ、規制の事前評価を義務付けた行政機関が行う政策の評価に関する法律施行令の第3条第6号には

六  法律又は法律の委任に基づく政令の制定又は改廃により、規制(国民の権利を制限し、又はこれに義務を課する作用(租税、裁判手続、補助金の交付の申請手続その他の総務省令で定めるものに係る作用を除く。)をいう。以下この号において同じ。)を新設し、若しくは廃止し、又は規制の内容の変更(提出すべき書類の種類、記載事項又は様式の軽微な変更その他の国民生活又は社会経済に相当程度の影響を及ぼすことが見込まれないものとして総務省令で定める変更を除く。)をすることを目的とする政策

行政機関が行う政策の評価に関する法律施行令

とあり、一方で薬事法施行規則改正は「厚生労働省令」という省令で行われていて、義務づけの範囲に入っている、とは必ずしもいえない(私は行政法の勉強をしたわけではないので、厳密なところは分からない)。政令ではない施行規則改正で規制を導入しつつ事前評価をしていないというのは、最近では「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律施行規則」の改正での年齢認証強化など他にもあるので、事前評価がないからとただちに違法だとはいえない。「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律施行規則」改正については、「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」の改正の前に規制影響評価が行われていて、その範囲の話だ、と読むこともできるが、一方で薬事法改正は2006年で事前影響評価の義務付けの前の話であったりする。

しかしながら、少なくとも今回の薬事法施行規則の改正は薬事法本体の改正から自明に導かれる程度を越えた規制を導入しているわけだし、行政機関政策評価法施行令と同時に閣議決定により改正された政策評価に関する基本方針によれば、「規制の事前評価については、その実施が義務付けられている規制以外のものについても、積極的かつ自主的に事前評価を行うよう努めるものとする。」とのことだから、今回、規制影響分析が行われていないのは不適切であるように思う。

こういったことを踏まえると、手続き面と実質面と両面で問題があるのだから、厚生労働省が頑なであり、再検討の委員会に希望が持てなさそうであれば、総務省行政評価局に政策評価制度についての要望をあげたり行政相談を使ってみたりすることも並行してやっていったほうがいいんじゃないかと思った。

Permalink 12:06:56, by Nobuo Sakiyama Email , 2 words   Japanese (JP)
Categories: 政治

医薬品流通制限と憲法の問題は厚生労働省も認識しているはず

薬事法施行規則での医薬品ネット販売禁止問題って、ネット通販の個人輸入に流れるだけだろというのは以前書いたとおりで、実態はもう進んでいて、花粉症シーズンのこの時期、とあるアメリカ住所の日本語通販サイトで日本だと処方薬だけれどもアメリカではOTCになっているクラリチンのジェネリック版がものすごい勢いで売れていて、一日あたりの単価が一番安い、コストコのプライベートブランドの300錠が送料込み2000円強というのが売りきれて、次は30錠800円弱というのが売れ筋商品になっているこのごろ、というのが実態。コストコのやつは300錠って一日一錠として10ヶ月弱分、法令上許可が要らないのが2ヶ月とか処方薬で1ヶ月とかなので、なんで厚生労働省の個別の許可がなくて通関できてるのか謎だけれども、実態はそんなもんです。会社半日休んで初診料・再診料払って診察受けて処方箋もらって調剤薬局に行き、というのを避ける人たちが大勢いるのは、まぁ、それはそうだろという感じ。普通の風邪薬なども国内ドラッグストアなみの値段だし、ブランドも、コンタックみたいに日本と共通してるものって多いから、6月以降は間違いなく医薬品をネット通販で買っている人たちのかなりの部分はこうしたサイトに流れるだけで終わるんじゃなかろうか。

厚生労働省も、何も考えていないわけではなく、2007年の「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会」報告書というのをみると、医師等以外による個人輸入を制限していきたい、という話にはなってはいる。

(2)個人輸入の制限等

医薬品の個人輸入については、国内でその品質や安全性が確認されていない医薬品であっても、海外で受けた治療の継続や、国内未承認の抗がん剤などを使用した治療法等への配慮から、①他者に販売や授与をしないことを前提に、②自己の疾病治療等に必要な医薬品について、③自らの責任で使用するために個人輸入することまでは薬事法において禁止していない。

しかしながら、医薬品の個人輸入により入手したシルデナフィルを服用した男性が死亡した事例や経口妊娠中絶薬を服用した女性に健康被害が発生した事例等がみられるほか、インターネットの急速な普及に伴い、インターネット上で医薬品の輸入代行を行う旨の広告が氾濫するなど、本来は医師等の専門家が関与すべき医薬品でありながら、それ以外の者がインターネット等を通じ安易に個人輸入し、使用することによる健康被害の発生が危惧される。

このようなことから、医薬品の安易な個人輸入を行わないよう、注意喚起を図るとともに、上記のような医師等以外の者による個人輸入については、保健衛生上の観点から一定の制限を加えるべきである。

有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会 報告書 - 平成19年7月27日

とはいえ、医薬品の個人輸入を原則レベルで制限することは、少なくとも現行の業法としての薬事法の枠組では不可能だし、以下のように憲法問題になることも認識されていて、上記報告書の工程表には、個人輸入の制限については記載がない。

○ 高久座長

 結論としては、薬監証明を必要とするような薬については、個人輸入は基本的には認めないようにすると。そういう方向に行くということで。それから、医師個人輸入の場合に、これはこれから具体的にどうするかが問題であるにしても、外国の例を参考にすると、品質の確保という意味では薬剤師の関与を十分に考慮するということで。ちょうど時間になりました。どうぞ。

○ 高橋医薬食品局長

 ちょっとその辺はよくお考えいただかないといけないのですが、この個人輸入はある意味では野放しではないかという、ありていに言えばそういうようなお話になるのかもしれませんが、個人によるこういったものの所持や輸入がだめだということは、これはある意味では非常に大きい問題なので、例えば麻薬とかああいうものに、こういうものを持ってはいけないという罰則つきで完全禁止をするような話になるかどうかなんですね。その場合、ちょっとぐらい品質が悪いからだめなんだとか、個人には情報が十分いっていないからやはり禁止する方向がいいんだということは、これはある面憲法問題になりますので、本当にそこまで非常に危険だという証明ができるかどうかというのは、ちょっと私の方の目からいうとかなり難しいのかなという気はいたします。ですから、実態として現実には個人は余り情報を持っていませんから、できるだけ普及・啓蒙をやると同時に、できるだけお医者さんの方がきちっと管理をする方向で進めていくという方向は全く問題がないと思いますが、今問題になっている最後に禁止ということになるとかなり難しい側面があるということはひとつ御理解いただきたいと思います。

 それから、先ほどの13ページ、個人の輸入で届出があるものと同時に、届出が必要ないものがあります。これは山のようにあります。薬か食品かもわからないようなものがいっぱいあります。そこを全部何か国がチェックしろといったら、これはもう行政事務が大変なことになりますので、そこはあと個人責任でどう考えるかという問題が一つあるというのは御理解いただきたいと思います。

 それからもう一つは、輸入する場合に、では医者が責任を持って輸入するんだと。同時にあと内容のチェックというお話が出ましたが、医者が責任を持っているというのは、現行の法制度で医者が今の医療制度の中で、患者に対して全責任を負っているという格好になっているわけです。これは全体の法律の組み立てが。そのとき例えばそこで今度は品質の方もちゃんとチェックを誰かがやろうという話になれば、それは参加する誰かがもしかすると責任をともに担う立場になるわけで、それはいいときはいいですが、悪いときになったら必ずそこには責任を負うという問題が発生します。そこはよく慎重に考えていただかないといけないということを、ちょっと御理解いただきたいと思います。

○ 高久座長

 確かに禁止になると非常に大きな問題になるから、今おっしゃったようにPRをしてだんだん減らす方向に行くということしか仕方がないと思います。それから、薬剤師の方がどの程度関与するかということは、これは今後の検討課題になるのではないかと思います。よろしいでしょうか。おっしゃるとおりだと思います。どうもありがとうございました。

07/04/19 有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会 第6回速記録

こういう経過のあとで、今回のネット通販禁止の話が出てきている。このとき、少なくとも買うほうについては、「その場合、ちょっとぐらい品質が悪いからだめなんだとか、個人には情報が十分いっていないからやはり禁止する方向がいいんだということは、これはある面憲法問題になりますので、本当にそこまで非常に危険だという証明ができるかどうかというのは、ちょっと私の方の目からいうとかなり難しいのかな」と、医薬食品局長が述べているというのは、厚生省側の発言として注目すべきだろう。今回の薬事法施行規則改正が業法の枠組の中であるとはいえ、上記の局長発言との整合性はツッコミに値するのではないか。

2009/02/27

Permalink 02:45:55, by Nobuo Sakiyama Email , 8 words   Japanese (JP)
Categories: 検閲, 児童ポルノ問題

鳩山総務大臣の答弁内容には反対だがそんなに「的外れ」ではない

楠さんが的外れと評していた鳩山総務大臣の答弁を含む2月18日予算委員会議事録が出ている。これ、読むとそんなに的外れじゃないと思うんだ。

丸谷議員の質問は、骨格部分は「インターネット上に児童ポルノをアップロードさせないこと」について「まずは産学連携主導で、その上で政府が協力する、若干消極的な印象も受けておりますが、総務省としてはどのように取り組んでいかれるのか」というものだ。これに対して「できる限り前向きに、先手を打ってこの問題を解決できるように、どこまでできるか、これからも研究したいと思っております。ですが、その前提として言えることは、それは断固として単純所持を禁止するべきなんです。」というのが、答弁の骨格。「単純所持禁止」という前提があって、はじめて「ブロッキング」などを官主導に、より「前向き」に検討できるというのがここの内容だ。単純所持禁止なり、民主党案の「取得禁止」なりをさらなる対策の前提とすること自体は論理的には至極当たり前のことで、単純所持禁止を盛り込む改正案制定の有無にかかわらずブロッキングなどの規制をすすめていこうとする動きがあるほうがむしろ危うい。

鳩山大臣答弁では続いて「表現の自由で守られる法益と児童ポルノによって失われる人権というものとの比較」とで「表現の自由という部分が大幅に削られて構わない」としていて、ここでアニメという言葉を出して揉めているのだけれども、そもそもが与党の改正案でもアニメなどは入っていないし、「すぐ『表現の自由』、『アニメの場合は』という表現がすぐ出てきますが」(議事録にない二重かぎ括弧をあえて補ってみた)という文脈で、アニメを直接どうしようとは言っていないので、それはとりあえずスルーして「比較」されている表現の自由は何か、ということを考えてみる。表現の自由というと一義的には発信者側の自由としてとらえられるので、それで「的外れ」という評価が出てくると思うのだけれども、はたして総務大臣がそこに限定して意識しているのか、というと違う可能性は十分にある。

国際人権規約という日本も批准している基本的な人権条約があって、これのB規約というのが自由権をまとめたものになる。そこの第19条が表現の自由だ。

第十九条

1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。

2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

3 2の権利の行使には、特別の義務及び責任を伴う。したがって、この権利の行使については、一定の制限を課すことができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。

(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護
国際人権B規約 第3部

この第19条2項の意味において、「表現の自由」には「自ら選択する」「方法により」「国境とのかかわりなく」「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け」る自由が含まれている。「あらゆる種類の情報」には、児童ポルノも、もちろん含まれることになる。続く3項にあるように、この自由は「一定の制限を課すことができる」から、第19条2項をもって「児童ポルノの単純所持を禁止することはすなわち国際人権B規約違反だ」という主張は当然のことながら成り立たないのだが、しかし、その制限は「法律によって定められ」る必要があるし、「次の目的のために必要とされる」程度のものである必要はある。鳩山大臣が政治的主張として表現の自由と「児童ポルノによって失われる人権」を理由として「単純所持に刑法罰」と主張するのは、その意味では筋が通っているし、ブロッキングなどに先行して法規制の必要性を述べるのも、人権規約との整合性はとれている。おそらく、丸谷議員の質問は事前通告されていて、それなりに筋が通るように事前チェックした内容を答弁したのではないかと思う。

ここで終わらせてはしょうもないので、私の問題意識を。そもそも論のレベルで単純所持禁止や民主党案の取得禁止それぞれについて反対だし、児童ポルノブロッキングも反対だが、それで終わらせてしまうことなく、ブロッキングまわりでもっと微妙な議論をしたい。そもそも、ブロッキングといって国際通信に介入して情報取得を制限する、という方法は、相当な劇薬であるわけなんだけれども、導入を求めるサイドにしても、これを「児童ポルノの深刻な問題を前にして導入もやむを得ない」と考えるのか、「主権国家たるもの国民の違法情報取得を制限できることが当たり前であってそれができていない現状がおかしい」と考えるのかで、相当な開きはあるだろう。総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」の最終とりまとめ案へのパブコメでブロッキングの全ISPへの法律による強制を力強く主張していた「後藤コンプライアンス法律事務所」って、元警察官僚で現在は弁護士の後藤啓二氏の事務所だけれども、彼のトーンはどっちかというと後者なんじゃなかろうか。後藤氏は警察庁総合セキュリティ対策会議の今年度委員でもあって、児童ポルノブロッキングの議論自体は総務省よりも警察庁のほうがスタートが先だったと思われることもあるので、気になるところではある。

なぜこんな話をしているかというと、児童ポルノを禁止している国々においても、児童ポルノの定義はさまざまだということがある。ある国では児童ポルノと評価されるものが、別の国ではメインストリームの文化の一要素であったり、芸術として捉えられていたり、というのはごく普通のことだ。例えば実在の幼児を強姦している様子を露骨に撮った画像・映像が児童ポルノであることは、児童ポルノを法律で定義している国の間では間違いなく共有されるとしても、どの程度のものまでが児童ポルノで、どこから先がそうでないのか、あるいは児童か否かを分ける年齢、といったものは、国ごとで異なる。年齢は18歳未満ということに収斂していくだろうとしても、内容については、結局のところ、各国の文化に依存せざるをえない。先住民が伝統的なライフスタイルを貫いているとみな裸に近い状態であったりするところで思春期の少女の胸の露出を「児童ポルノ」と評価することはおよそナンセンスであろうし、逆に日本や西洋ではおよそポルノとみなされないような水着姿の女性をポルノとみなす国・地域もあるだろう。そこまでの極論をしないまでも、G8諸国の間でも、児童ポルノの定義というのは一致していない。人間というのは文化的生物なんで、どこまでがまっとうな表現活動で、どこから先が人権蹂躙になるかっていうのは、それぞれの被写体児童の文化的文脈に依存してしまう。

児童の人権が問題であるなら、ある児童ポルノをきちんと禁止している国で合法の範囲としているものを、別の児童ポルノ禁止国で「単純所持禁止」とか「閲覧防止措置」とか、そういうことをやる必要があるのだろうか、と思うのだ。ブロッキングで先行しているイギリスで、アメリカにサーバのあるWikipediaをブロッキングして騒動になったのは、大きくみればそういうことだ。そのアメリカからみて、ドイツの発行部数数十万のティーン向け雑誌のサイトが、児童ポルノ処罰の観点から安全でないサイトになっていたりする。それぞれの国内で児童の人権が蹂躙されていると認識されているわけでもないのに、これは馬鹿げた事態だと思うんだ。

もし、「やむを得ない」ブロッキングであれば、定義を問わず児童ポルノの頒布などを禁止する法律があるかどうかと法執行の実態の両面で各国の状況を調べて、そこがきちんとしていない国についてのみブロッキング対象とするというのだってありえるのではないか。論理的には、児童ポルノ限定でなくポルノ全般を禁止している国で法執行がきちんとしている国もブロッキングの必要はないだろう。国内の児童ポルノを取り締まる国が増えていけば、ブロッキング対象国は減少し、理念的には将来のどこかでブロッキングは廃止される。これが問題であるとすると、それは「ブロッキングありき」の情報流通制限インフラを導入するネタとして児童ポルノを扱っているという話になるのではないか。児童ポルノの定義が国によって異なる問題は根本的に解決不可能だから、自国の定義を基準にブロッキングするという話は、永続的なブロッキングを意味するし、永続的であることを前提に導入されたインフラは他の用途にも転用されやすいだろう。

まぁ、こういう議論は、日本においてポルノアニメに限らない「萌え」全般、アメリカやヨーロッパにおいてファッションブランドの広告表現などで、「18歳未満」を題材として少しでも性を連想させる表現をしているものすべてを糾弾の対象としている反児童ポルノ運動の団体からするとおおよそ受け入れられないだろうけどね。

2009/02/12

Permalink 01:04:11, by Nobuo Sakiyama Email , 50 words   Japanese (JP)
Categories: 児童ポルノ問題

ドイツの児童ポルノ禁止強化の中身が実際のところよく分からないなぁ

昨年末、MIAUで出した「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」最終とりまとめへのパブコメのさいに、ドイツの児童ポルノ禁止強化の内容を調べてパブコメにも書いた。その部分は、単純に根拠条文の問題でとりまとめ案に不適切な部分があったので修正を入れてもらった感じで、たいした話でもないのだけれども、それは法律レベルの話で実際のところ、よく分からないことがある。

まず、昨年あったドイツでの法改正は、従来の児童ポルノ(kinderpornographischer Schriften)が14歳未満を被写体とするものであったところをいじらず、あらたに jugendpornographischer Schriften (少年少女ポルノ、とでも訳す?)という14歳以上18歳未満を被写体とするものを作って、そこで禁止している。18歳未満が被写体同意のもとで単純所持することが単純所持禁止の例外になるとか、罰則が従来の児童ポルノより軽い、といったことで別条文になっているだけなので、一般的な状況で何が禁止されるか、ということには違いはない。

よく分からないのが、結局何がここでいうポルノなのだろうかということ。以前もふれたのだけれども、ドイツのBRAVO(リンク先はWikipediaの説明)という発行部数40万部以上の代表的なティーン誌では、長らく、男女のヌードと彼らへの性生活についてのインタビューを一緒に掲載するという連載が続いている。年齢は、以前は14歳以上からだったが、数年前から16歳から20歳ということになっている。まず、この連載のモデル募集が、今年になっても変わっていない。

Willst Du auch mitmachen?

Bist Du zwichen 16 und 20? Dann schick
Deine Bewerbung mit Foto [Ganzkörper] an:
Redaktion BRAVO -- Kennwort „That's me“,
(住所略)

Bei Veröffentlichung gibt es ein Honorar
von circa 400 Euro!

BRAVO Magazine

という内容で、現在も18歳未満をヌードモデルとして募集していることに気づいた。ただ、この連載は単体ヌードで、写真自体にも猥褻さはないので、変わらない、ということはよく考えれば不思議ではなかった。とはいえ、これは気になったきっかけ。この連載はDr. Sommer(バーチャル人格)による性教育コーナーの一部で、コーナーの中では、過去に10代のカップルのペッティング写真を使った連載もあった。ということで、BRAVOの50周年記念のデジタルアーカイブサイト(全記事があるわけではない)を確認してみたところ、Dr. Sommer のコーナーは1960年代からあり、ヌードは1970年代から現れはじめ、少なくとも1980年代には10代に見えるカップルのペッティング写真があり、1990年代では、カップルの少なくとも片方について18歳未満の年齢が明記されている同様の写真があった。細かい話をすると、単体ヌードや、立って軽く抱き合っているぐらいのポーズでは性器が露になっていても、ペッティング写真においては裸ではあっても性器が見えないポーズになっている、ということで、ハードコアポルノグラフィとは明らかに一線を画していて、さらに「性教育」の文脈で制作されていることから、そもそもペッティング写真ですら、猥褻さ、卑猥さを感じさせるものではない。そういう意味では、おそらくドイツでの文化的な意味では「ポルノグラフィ」ではないのだけれども、しかし、前述のような法改正をへて、なお堂々と公式のアーカイブサイトに置かれ続けている、というのは少々驚いた。

日本における現行の児童買春・児童ポルノ禁止法の定義では、上記で述べているBRAVOの写真のうち18歳未満が被写体となっているものはほとんどが児童ポルノとされるだろう(だから、ここにはBRAVOの公式サイトやアーカイブサイトへのリンクは置いていない)し、民主党案が定義を狭めているといっても、さすがにペッティング写真は救済されなさそうな気がする。BRAVOはドイツのメインストリーム文化の中に居座り続けている雑誌だから、日本の10代の少年少女が親の転勤などでドイツに在住して手にとることが十分ありうるので、法改正で「単純所持禁止」や「有償・反復取得禁止」などに国外犯規定がついたらどうなることやらと考えてしまうし、ブロッキングといってアンダーグラウンドのサイトではなくてドイツのメインストリーム文化に属するサイトをブロックするのがいったい誰のためになるのかしらとも思ったりする。というか、児童ポルノ規制強化推進に勤しんでいる方々は、ドイツの状況について率直なところいったいどう思っているのだろう?

2009/02/09

Permalink 00:23:48, by Nobuo Sakiyama Email , 6 words   Japanese (JP)
Categories: コンピュータとインターネット, 政治

改正薬事法施行規則は個人輸入を拡大してしまうのではないだろうか

ブログをしばらく更新していなかった。いろいろネタはあるけれども、とりあえず前のエントリの続きで薬のネット販売規制の問題から。結局、「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」は、ネット販売規制部分はそのまま出てきた。

省令が出る前の楠さんのコラムに次のように書いてあった。

ネット通販に関しては、大衆薬の販売以上に、未認可の漢方薬や処方薬が販売され薬害で死者を出すことの問題が深刻だ。こうした悪質な事案にさえ対処できていない現状にあって、コンビニで売ることのできる薬までネットでの販売を禁止することは、かえって真面目な事業者を市場から退出させ、成長の続く医薬品のネット通販市場を、規制の届かない海外や違法サイトに潜らせてしまう懸念が大きい。

医薬品のネット販売禁止、フェアな議論の場で再考を - インターネット- 最新ニュース: IT-PLUS

違法はともかくとして、規制の届かない海外、という問題はけっこう大きいのではないかという気がする。厚生労働省サイトの「医薬品等の個人輸入について」という文書によれは、医薬品の個人輸入は「特例的に、税関の確認を受けたうえで輸入することができ」るとのことなのだけれども、この特例には、とりあえずは分量の制限以内であればあてはまる。その上で、ブラックリストがあるということになる。ひとつは「医師の処方せん又は指示によらない個人の自己使用によって、重大な健康被害の起きるおそれがある医薬品」として列挙されたものが要処方箋で、もうひとつの大きなカテゴリとして「麻薬及び向精神薬」などが挙がっている。けれども、逆にいえばそれだけ。ワシントン条約違反とか知的財産侵害物品とかは、医薬品としてというのとはちょっと違う。

とりあえず、英語で適当に検索してみたところ、「処方箋なしで処方箋薬を売ります」というサイトはけっこうな数がみつかる。これ、アメリカを市場としているサイトなのだけれども、サイトの国籍はアメリカではない。アメリカではFDAの規制と監視、業界自主規制で、処方箋薬は処方箋無しでは売らない。日本と違って処方箋のファックス等送付での通販は認められてはいるけれども、処方箋は必要ということになっている。「処方箋なしで処方箋薬を売ります」の会社は、いくつか見たところではカナダやイギリスの住所を連絡先として出していて、薬そのものはジェネリック医薬品生産の大国として知られるインドから直接配送するとしている。この手のサイトで一番売れているのはどうやらよくあるspamそのまんまにバイアグラの類や毛生え薬、ホルモンなどのようだが、その方面に特化しているサイトでなければ、実になんでも売っている。抗うつ薬などもあれば(これは個人輸入すると違法ですね)、抗生物質、抗HIV薬もあったりする。そして、ネット販売禁止される第二類医薬品にあるような、アセトアミノフェン、イブプロフェンやインドメタシンなどの鎮痛剤なども普通に売っている。値段も、ものによっては送料を加えてもこの円高のおりかなり安いように見える。

多くの医薬品のネット販売を禁じたら、ある程度はたしかにコンビニなどの新たに認められた場所で買うようになるかもしれない。ただ、所詮、政令は新たな販売手段を「可能にする」ものであって、はたしてスペースに限りのあるコンビニに政令で定める枠組でどれだけの医薬品が置かれるか、というとかなり怪しいのではないだろうか。以前の医薬品から医薬部外品へのスイッチという規制緩和で、たしかにコンビニでうがい薬や薬効成分入りののど飴が置かれるようになったが、だからといって個人が欲しいと思う医薬部外品がなんでも近所のコンビニにあるかというとそういうものではない。結局、輸入だろうがなんだろうがネットで買えるなら買う人が増えるのではないだろうか。

医薬品の個人輸入のひとつの壁となるのは言語の問題だろう。日本人は英語に苦手意識を持つ人が多すぎるし、まして医薬品の名称や英語の効能書きとなればなおさらだ。個人輸入代行業というビジネスは、そういうところを狙っているのだろう。そして、厚生労働省も個人輸入代行業については厳しく規制し取り締まっている。しかし、問題はそれで終わるのか、ということだ。ネットで医薬品を今まで買えていたものが買えなくなる、という状況を作り出せば、それを埋めるというのは、ビジネスとしては十分に考えられることだろう。それは、これまでのような、特殊な薬を輸入したいと思うが英語や海外サイトとのやりとりが苦手な人達がそれなりのマージンを払って輸入代行してもらうのとは、全く違う話になる。例えば、海外の通販サイトが自ら日本語対応を行う場合もあるだろうし、あるいは、日本語でアフィリエイトサイトを作る人達も出てくるだろう。実際、「処方箋なしで処方箋薬を売ります」というサイトでアフィリエイト募集をしているところはいくつかあるようだ。前述の厚生労働省の個人輸入代行業規制の枠組や、あるいは薬事法そのものでも無承認医薬品の広告を禁止するなど厳しい規制がある(だからこの記事では具体的な医薬品販売サイトの例示は一切行っていない)というけれども、外国に存在するサーバーで日本語アフィリエイトサイトを作られたところで、違法行為として責任追及できるとも思えない。

こういう事態を招かないためには、6月より前に安全性を確保する手続きを確立して国内のネット医薬品通販の市場を潰さないことが必要なんじゃないかと思う。

2009/01/01

Permalink 14:39:48, by Nobuo Sakiyama Email , 2 words   Japanese (JP)
Categories: コンピュータとインターネット, 政治

薬のネット販売規制問題については過去から学べるものがある

薬のネット販売規制の問題、MIAUでも「現在厚生労働省から提案されているような内容での、一般用医薬品のネット販売の規制には、反対」という声明を出しているのだけれども、個人的には、MIAU内部での検討過程の初期では軽くブレーキをかけつつ、この声明には反対しないというスタンスをとった。現状の販売方法に細部に渡ってまで問題がないとはいえないだろうが、それってドラッグストアも似たようなものだし、ネットだけをターゲットにして売るなというのはおかしいからね。医薬品のドラッグストアでの販売方法には薬の種類によっては規制強化することになっているけれども、そこはザルにならざるをえないだろうなかで、いかにもバランス悪いよねと。

こういうことって過去にも無かったのだろうか、というと、ある。薬事法薬局距離制限規定違憲事件というのがあって、日本国憲法の法令違憲判決の数少ないひとつ。営業の自由を侵害したとして昭和38年の薬事法改正(昭和38年法律第135号)での薬局距離制限規定が違憲とされた事例。ちなみに原告がスーパーマーケット内に薬局を設置しようとしたのは、まさに立法がターゲットとしたものであったりする(後述)。

問題の改正法の立法過程はというと、議員立法で出されていて、参議院先議。衆議院ではあまり細かく審議されていない。参議院でも、昭和38年3月26日に趣旨説明があり、同28日には審議から委員会採決に至っている。実質的な審議は後者に集中している。ここで槍玉にあがっているのは、都市部における医薬品の「乱売」、しかもスーパーマーケットでのそれであって、国民の健康と安全が錦の御旗となり、それまでの管理薬剤師(現行第七条)に加えて従事する薬剤師数の規制(現行第五条二号)が入り、さらに薬局距離制限規定も入った。そして、後者が違憲となったということになる。社会的な背景としては、当時はサリドマイド薬害の深刻な被害が明らかになっていたころで、薬事法改正の審議の枠の外ではあるのだけれども、3月26日の議事録でも「社会保障制度に関する調査(サリドマイド禍及び中性洗剤の毒性に関する件)」という案件のもとこの改正案が肯定的に参照されていたりする。同じ委員会では同時期に麻薬取締法改正などもあがっていて、「薬物乱用」について警戒する空気が盛り上がっていたこともわかる。未来からの目で28日の議事録を読むと実に興味深い。

当時も今も、薬害問題が営業規制を盛り上げる口実に使われていることに変わりはない(しかも、かつてのサリドマイド禍と現在の「ネット薬局」が関係したと言われる問題とは、規模も具体的内容も比べようもなく昔の問題のほうが大きかったと言える)し、「もともと医療・製薬業界って薬や治療法の許認可だけでなく保健医療の医療費・薬価を国が決めているから政策の裁量が非常に大きく」と楠さんが述べているのがロビイングの効果という側面だけならいいが政策でどこまでやっていいかという点については以下のようなトーンで導入された規制の大部分が違憲でひっくり返ったということをよく考えてみるべきなんだと思う。そして、ひっくり返すのにかつては10年以上かかったわけだけど、今のスピード感でそんな悠長でいいのだろうか。

それから、スーパー・マケットの問題でございますが、なるほどスーパー・マーケットは実際重宝だと思います。重宝だと思いますが、私はアメリカのスーパー・マーケットを見て参りましたが、日本はほとんどまねしながら、全く性格が違っている。アメリカのスーパー・マーケットは商店街にはほとんどございません。パン屋もなければ牛乳屋もない、肉屋もないというようなことが住宅街か団地でございます。そうして日常雑貨を売っている。ところが、日本のスーパ・マーケットはそういうような住宅街とか、あるいは団地とかいう所にもありましょうけれども、多くは小売商店が蟄居しているそのどまん中にスーパー・マーケットというものを作って、そうして小売商店の営業を圧迫しているのが日本のスーパー・マーケットのほんとうの実情だと思う。これは小売営業者の育成保護という立場からも考慮しなければならないのですけれども、金網のかごを持って自分の好きなものを買う、スリッパを買う、あるいはこっちへ行って化粧品を買う、医薬品を買う、こういうようなことは、医薬品以外のものについては差しつかえございませんが、先ほど申し上げました、しろうとの価値判断でできる問題でございますから、差しつかえないが、医薬品につきましては、後段の阿具根先生の御質問にも該当するわけでございますが、医薬品を、一々薬のことを知らないお客がそこの薬だなから金網のかごに入れて、そうして勘定場にそれを持って行きまして幾らだと、ほかの肉や缶詰と一緒に金を払うやり方は、これは現在の制度では違法になります。やはりいわゆる待命制度といいますか、その場におっていろいろなことを聞いて、あるいは教えて販売する建前をとらない限りは、非常に危険です。ところが、これは私どもは、かつて阿具根先生も一緒だったと思いますが、各地のスーパー・マーケットを見て回ったことがありますが、ある県庁に行きましたら、待命販売をやらせるということで許可したという話でした。それで、その薬務課長を案内役に立てて見に行って、私はバッチを隠して、この薬はどうするかと言ったら、女の子がおって、そこにかごがありますから、欲しい薬は何でもかごに入れて勘定場に持って行って払うのですと、こう言っておった。薬務課長は非常に赤面いたしましたが、こういうようなことは非常に多い。そこへ薬剤師を置かなければいけないというのです。大阪等を見て回っても、やはりそうです。しかも、薬剤師の女の子をスーパー・マーケットの勘定場に置いて勘定をやらせている。そうして詭弁を弄して薬剤師の方にこういう勘定場の仕事をやらせている。そうして製品を見て勘定するのですから、待命販売と同じことになるんじゃないかと詭弁を弄している、こういうやり方が実態であります。スーパー・マーケットのこういうやり方は危険性を持っている。

 そこで、第三番目のお話に、もう製品になっている、ここにも書いてある、テレビ、ラジオでも報道する、新聞にも広告してある、そういうことでやればいいじゃないかということでありますけれども、だれにも書いてあるとおり使えるものもあれば、非常に危険を伴うものもあるのが化学的製品の——昨日も中性洗剤のときに私申し上げたとおり、化学的製品の非常に危険なところであります。したがって、いつ危険が起こるかわからないということを常に念頭に置いてやはり扱わなければならない。でありますから、薬局、一般販売業には薬剤師を置かなければならない。薬種商は、薬種商のそういう試験を受けて薬種商の仕事をやはりやっているわけでございます。そこで、例をあげますれば、総合ビタミン剤を盛んに売っている。どこのビタミンも同じじゃないか、買おうか、こうは言っても、甲の会社で出している総合ビタミン剤と乙の会社で出している乙なる総合ビタミン剤とはやはり違う、同じ総合ビタミン剤でも。これはビタミンBに重点がある、これはビタミンAに重点がある、あるいはビタミンKに重点がある、みんな違っている。そういった点は、やはり専門家の業者に意見を聞いて、私はこうこうこういう考えで総合ビタミン剤がほしいのですが、どれがいいかということを聞けば、良識ある業者は、良識に基づいて、いろいろありますが、あなたにはこの総合ビタミン剤のほうが向くでしょう、こういうことを言う。そこまで大事をとらなくてもいいものもありましょうが、本質的にはそこまで大事をとって、価値判断のできないお客に対して価値判断を与えてやる、これが私は医薬品取り扱いの本質だろうと思う。でありますから、これは薬剤師でなくても勝手にやっていいというわけには参りませんので、やはり化学的製品は、いついかなるときに危険を伴うかもしれない。しかも、良識ある経営安定ができた薬局等でビタミン剤を売ります場合には、これは番号で、どこの会社で何年何月ごろ製造されたということがすぐわかる。ビタミン剤は、御承知のとおり、非常に破壊される、分解される。ですから、決して害毒じゃないけれども、効力が非常に減退される。ある年月たちますと、そうすると良識ある薬局等でありますれば、これは古い総合ビタミン剤で効力半減している、だめじゃないが、まだ五〇%の効力があるけれども、それよりも先月仕入れた総合ビタミン剤、これは効力が九十何。パーセントぐらいあるはずだと判断して、古い品物はどんどん送り返してやる。そういう分解作用を起こさずに、効力をそのまま持っている新しい製品であるということを判定いたしまして売る、こういうことをしなければならないと思う。そういうことが、スーパー・マーケットの販売の仕方、つまり勝手に自分の好きなものをかごに入れて勘定だけ済ませばいいという場合には、とうていそれは期待できない。ことに専門家でない者が勝手に取り扱うという場合には、なおさら危険を伴う、こういうように考えますので、これが第二段目のスーパー・マーケットに対する考え方と、それから、しろうとでもそのまま見ればわかるじゃないかとおっしゃる御質問に対する一応の私の答弁でございます。

高野一夫答弁: 参議院社会労働委員会 昭和38年3月28日

2008/12/22

Permalink 00:32:50, by Nobuo Sakiyama Email , 17 words   Japanese (JP)
Categories: 情報社会

全ての子どもにスマートフォンを持たせよう

このところの子どもの携帯電話・所持にまつわるモラルパニック的な騒動について、規制という意味の問題というのとは別に、そこで語られる、子どもを情報機器とICTを使ったコミュニケーションからなるべく遠ざけたい、という「教育」的議論に、ずっと気持ち悪さを感じていた。ただ、私自身はとうに子どもから遠い年齢であり、といって、子どもがいるわけではなく、そして教育の専門家でもないので、このもやもやさをあんまり深く突っ込まずに放置してきていた。でも、ふと気づいたので書く。少なくとも中長期的には、昨今のモラルパニック的な方向とは逆に「全ての子どもにスマートフォンを持たせよう」ぐらいの勢いでものごとをすすめるのがいいのではないか。

こう思い始めたきっかけは、一ヶ月前ほどにクリステンセン(正確には弟子と、大学学長経験のある公共政策専門家の3人の共著)の新著「教育×破壊的イノベーション」が出たばかりのところをたまたま本屋で見かけて購入、2,3時間で読み切ったあたりから。原著も数ヶ月前に出たばかりらしいけれども、関係論文は、2、3年前から出ていたようだ。クリステンセンということで、モジュール化による破壊的イノベーションを学校教育に適用していく議論で、教師中心の指導システムを個別の生徒中心の学習システムに置き換えていくということが話の中心となる(原著タイトルは "Disrupting Class")。こうした変革の道具立てとして、インターネットにつながったパソコンでの e-Learning、それも少数のプロが作ったコンテンツだけではなく、ユーザー生成コンテンツが重要な位置を占めるような姿が未来として描かれている。そうだこれだ、というのがひとつ。もうひとつ、この本では全く引用されていないのだけれども、こういう学びの変革はOLPCプロジェクトとも共通点が多い。

ここで日本のケータイ騒動に戻る。弊害論全体はともかくとして、その後の「学校への携帯持ち込み禁止」議論は、いったい何を守ろうとしているのだろうか。ケータイの利用それ自体についてではなく、「学校への持ち込み」で問題にされているのは、結局のところ、「教師中心の指導システム」としての学校の秩序維持、という観点じゃなかろうか。それに対しての反論も、家庭との連絡や緊急時対応、GPSによる居場所監視などの「セキュリティ」的なものが中心となり、議論が総じて後ろ向き。かくて、GPSはついているが能動的にネットを使えないようにしたケータイを「子ども向け」として売れ的な、非常に後ろ向きな話が大手を振って歩いている。

あと、思ったんだけどね。従来の「ケータイ」って、製品としてかなり垂直統合されていたわけで、ちょっと機能がついたり変わったりするたびにニューモデル、という感じだったけれども、もはやケータイはこれまでほど短い買い替えサイクルが維持できないという話もあり、それは「機能限定子ども向けケータイ」にしたって変わらない。販売奨励金モデルが終わったというのはそういうことだ。そういう状況で「今のうちの子にはこれで十分」と思ったものが、はたして数年後にミスマッチがないか、というと、厳しいのではないだろうか。子どもの成長は早い。さらに、たいして安くもない低機能ケータイを「セキュリティ」関心で買った親が、子どもにそれとは別のさらなる情報化投資ができるかどうか、というと、社会階層や可処分所得によっては、つらい場合も少なからずあるのではないだろうか。

そこで、スマートフォンだ。スマートフォンもいろいろあるだろうけれども、例えば Windows Mobile携帯電話や Android携帯電話は、かなり明確にハードウェアとソフトウエアがモジュール化により分離している。さらに Windows Mobile の端末メーカーにとってのカスタマイズ化の要素の大きさは広く知られているし、Androidに至ってはオープンソースだから、端末メーカーが許せばサードパーティのカスタマイズができる。そして、多くのスマートフォンはサードパーティのものを含むアプリケーションをインストールでき、出来ることの幅も広い。

こういうスマートフォンに教育向けアプリケーションを載せて教育現場で活用できるようにして、ケータイ上のアテンションのいくらかを「遊び」から「学び」に転換する、というほうが、普及がすすんでいる子どものケータイ保有率を考えれば、よほどポジティブなんじゃないだろうか。OLPCの5つの基本原則には「子供の所有権」とあり、スマートフォンを活用できれば、学校の特別教室の共用パソコンよりも、はるかに効果的かもしれない。

ペアレンタルコントロールという観点では、端末メーカーの方針次第では、複数のバージョンのファームウェアを一種類の端末でサポートすることもできるし、内部のさまざまなモジュールを個別に有効・無効にしたり、あるいは場所や時間を用いたきめ細かいペアレンタル・コントロールも実装可能だろう。こうした実装をサードパーティが行うことができるようになっていれば、その提供者は大企業である必要もなく、地域のニーズを拾い上げやすいかもしれない。子どもの発達段階に応じて出来ることをソフトウェアで変えていくのであれば、端末を短いサイクルで買い換える必要もなく、家庭の財布にもやさしいだろう。

そういえば、上でリンクを貼った楠さんのブログ記事では、任天堂DSをひきつつ次世代(以降)のポータブル・ゲーム機のモバイルプラットフォーム化の可能性をみているのだけれども、ここでの文脈だと、すでにDSを使った e-Learning ソフトというのは結構な数が出ているので、教育コンテンツプロバイダとしてはその方向もうれしいのかもしれない。

2008/12/20

Permalink 01:13:18, by Nobuo Sakiyama Email , 3 words   Japanese (JP)
Categories: プライバシー, 検閲

兵庫県は親子のプライバシーを踏み荒らすそうです

兵庫県が18歳未満の携帯電話でのフィルタリングを義務付ける条例骨子案を発表したという報道があった(神戸新聞朝日新聞読売新聞)。各紙報道のほか、兵庫県のサイトで青少年愛護条例改正骨子案に係る県民意見提出手続き(パブリックコメント)の実施についてという文書が発表されていて、条例改正概要、条例改正案の目的・背景、条例改正骨子案などがMicrosoft Wordフォーマットで公開されている(条例案はインターネットカフェ規制、出会い喫茶規制、深夜外出制限の強化、乳幼児への条例対象への拡大とセット)。どうやら、昨年度からの検討のようだが、その経過の一部を青少年愛護審議会の議事録として読むことができる。県当局が主導して検討していくのを審議会に諮ってきた模様。

この条例案、なんとも気持ち悪い。青少年ネット規制法では保護者が「青少年有害情報フィルタリングサービスを利用しない旨の申出」をする場合、その理由を問われることはない。しかし、この条例案では、

  • 障害や疾病を抱えた青少年がコミュニケーションの手段として利用する場合
  • 就労している青少年が業務に関連する情報を受発信する必要のある場合
  • 保護者が携帯電話インターネットの利用履歴提供サービスの活用等を行い、青少年の携帯電話インターネットの利用状況の全てを把握する場合
  • その他これらに類するものとして、知事が別に定める場合

のみが、フィルタリング解除の「正当な理由」として許される。それ以外の理由で判断しようとすることは、条例の義務違反とされる。その上、その「理由」は携帯電話事業者に 書面で提出しなければならず、その記録は3年間保存される。そして、県の「事業者に対する立入調査」において、この記録は調査対象となる。

親が、どのような理由で子どもに携帯電話をどのように使わせるか、というのは、フィルタリングを含めて、その家庭の自治でありプライバシーに属するはずだ。しかし、兵庫県はそこに土足で上がり込むことを平気でやると宣言している。さらに、青少年愛護審議会の議事録を読むと分かるのだが、この条例は当初、フィルタリングの義務化と違反した保護者への罰則までが検討されていたようだ。フィルタリングが「有害」とも思われない有用な情報をブロックする弊害はそれなりに認識されていて、それでかえってプライバシーに首を突っ込むような条例案になっているようだが、罰則については県当局と審議会の一部の委員はかなり拘っていた様子も伺える。将来についての線としては消えておらず、今後ブラックリストのカスタマイズ化が普及すると、むしろ復活する可能性がありそうな議論になっている。

気持ち悪さにはもうひとつ別の要因があって、ネットとケータイを使う「親」への、県や審議会委員の目線だ。大抵の親はすでに成人で、20代〜30代が中心で10代と40代もそれなりにいるだろうが、そういう世代には、ネットとケータイで当たり前にヘビーにコミュニケーションしている、そういう層が少なからずいるわけだけれども、それこそを矯正したい、という感じが漂っている。これは、条例改正の他の部分についての議論でも伺える。下限を撤廃して従来対象になっていなかった乳幼児を含める、という文脈では、さすがに他の委員から支持されず、審議会の会長からも検討対象外だとされていたが、「青少年条例の年齢の上限を上げたい」という議論がでていた。

(会長) 条例上の青少年の定義を「6歳以上18歳未満の者」から「18歳未満の者」に変更するということについて、ご意見はありますか。

(委員) 国民投票を18歳以上にするという議論もある。それについて、ある大学で調査したところ、18歳は若すぎる、まだ物の判断ができないとその年代に近い学生が答えている。そうなると、犯罪を起こしているという行為自体は大人と寸分違わず起こしていますけれども、精神的にはまだ20歳になっても、子どもじゃないかなと思うんですけれども。これからは、18歳という上限についても議論していかなければならないと思います。

平成20年度青少年愛護審議会(第2回)議事概要 - 兵庫県

まぁ、こういうパターナリスティックな気持ち悪さというのは、なにも兵庫県限定ではなくて、内閣府の青少年育成施策大綱でも、従来からして、青年期といって30歳未満までカバーしてきたところを、今度はさらに「ポスト青年期」といって30代まで政策の対象としてきていて、個別の政策の是非とはまったく別の「枠組」レベルの問題として、どんだけお前らパターナリズム好きなんだ、というほかないのだが。ただ、それでも兵庫県の気持ち悪さは特質に値する。

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