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Coda: ポスト・フォーディズムの権力闘争

2004/03/09

Permalink 05:10:21, by Nobuo Sakiyama Email , 8 words   Japanese (JP)
Categories: 情報社会

Coda: ポスト・フォーディズムの権力闘争

またも前回の続きなのだが、これでおわりにしよう。今回は少しは生産的なことを書きたい。がどうなることやら。

...

この御指摘はたしかにそうで、分かりにくかったかもしれない。そこで問題にしているのはあくまでも
「ふつうのサラリーマンは」という言葉が規範的な意味を持っている、すなわち、彼(徳保)が「ふつう」とする「社畜根性」が正常であって、たとえばindividualistは異常だと暗に述べている点だ。今一度「専門家は個人の責任で情報発信するな」にたちかえれば、そこでは「専門家」が「ふつう」かindividualistか、なんて問題にしてないので、「ふつう」という規範的な意味の言葉をここで使っているのは態度を後退させたようで実は何もかえていない(この「ふつう」が量の多寡ではなく規範的な意味をもつことは一連の記事の中の他の例でも明らか)。さらに彼は「ふつう」以外に「多く」という量を示す言葉を使ってもいるが、彼の立論にあってはこれすら規範的なニュアンスが込められている。かように「社畜根性」を道徳として押しつける徳保なる人物はまことに不潔である。

もう一種類の反応(1,
2)があって、
これは徳保なる人物に対する「屑」という表記にかかわるようだ。
なるほど、「屑」では価値評価以外に「小物」のような印象がでてしまう。では
「生に対する不倶載天の敵」ではどうか?
...もう少しまじめな反応をするのであれば、
私はそもそもニーチェ「この人を見よ」の原文にリンクをはって「罵倒」の理由づけを行っているのだが。
だいたい、
「このけがらわしいものを踏みくだけ!」というタイトルがその最終章のほぼ最後の部分から取られていることは、
少なくないひとはすぐに気づくことであろうし、そうでなくてもリンクをたどってニーチェの言葉であることがわかればニーチェの罵倒対象と徳保の対比がじつにうまくいっていることについて理解できるかどうかというのはもはや一般教養レベルの話だろう。無教養な方に正常/異常の判断をされても困る。

さて、消耗的に応酬するのが今回の目的ではなかった。私が何故徳保という人物をここまで叩かなければならなかったのかを少し説明しよう。彼のような考え方は、おそらくみなさんが気がついているように、少なくない。「ものを語る人」から出ることはあまりないというだけである。彼に対する反応をみても、私がとったスタンスからの批判はあまり出ていなかったように思う。これに危機感を持った。

企業が従業員の私生活をコントロールできるような文化というのは、近代を通して普遍的なものであったかというとそうではない(近代以前は今の意味での自立した個人というものを考えることにあまり意味がなさそうなので無視する)。ちょっとかじればわかる(ということで昔就職する前後に買った「裸になったサラリーマン」を参照しつつ以下すすめる)のだが、そのようなコントロールを最初に試みたのは、フォードだ。フォードは工員に彼が「正しい」と考える生活をさせるために、1914年から数年間、Five Dollar Dayと呼ぶプログラムを試みた。
これは今日の企業における福利厚生プログラムにつながってもいるのだが、
フォードはFive Dollar Dayの適用について
適用される工員達の家庭に調査員を送って私生活を丸裸にしたし、このプログラムが
終わったのちはスパイや密告者による監視を行ったという。
一方、日本ではご存じのとおり、会社が徹底して従業員を囲い込んで、社会人である前に会社員であるような、徹底した企業社会が作られていった。これもまた、時期としては1920〜30年代からのことで、その本格的発展は戦後の話と言える。
いずれにせよ、日本でよくみられた働く側が徹底して価値判断を「会社」に預けてしまうような労使関係というのは、
道徳的必然でもなんでもなく計画された労務計画の成果でしかない。ただ、
こういった、フォーディズム、
あるいは日本型フォーディズムといったことが言われた時代というのは、
企業の成長とはすなわち生産を増やすことで、それがみんなの利益につながった。
企業も、従業員も、市民も、みんな同じ方向を向いていられた高度成長時代。

しかし、今はもう社会は成熟し、パイは増えない。ポストフォーディズム。その時代に「専門家は個人の責任で情報発信するな」という言葉がもつ意味は
『労働者としての「知識人」』( 渋谷望)を読めばわかる。...ていうかここまで書いてて『魂の労働』
今ごろ読みはじめようというあたりで腰くだけになってたりしてますが。

こういうジャンルの話は読んでても自分の言葉になってないのでキーワードだけでごまかそうと思ったのだけど正直なもので。