Winnyの存亡より匿名性の存亡が心配だ

2004/05/18

Permalink 03:00:00, 著者: Nobuo Sakiyama Email , 1730 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: プライバシー

Winnyの存亡より匿名性の存亡が心配だ

Winnyの作者が逮捕された件については、すでに大きな話題となっているところ。彼が刑事罰を受けるべきことをしたかというと、私はそれは違うと思っており、不起訴や無罪をかちとる方向で支援する活動については支持したい。ただ、直接何ができるわけでもないので、当分はCPSR日本支部会員でもある新井さんのサイトの情報を眺めているというところ。弁護団が結成され状況がクリアになりつつあるので遅ればせながらそろそろ寄付しようか。

それはそれとして、今回の件の社会的な問題についてここでは考えてみたい。実のところ、山形浩生さん切込隊長こと山本一郎さんが述べているように、擁護するつもりの主張が現実にプラスになるのかどうか見えないところがあるのだが、しかし、私が述べたいと思っていた論点がすでにいくつか表に出ている状況で黙っている利益もとくになさそうだし。

[続き:]

まず最初に断っておくと、私は Winny というひとつのP2Pネットワーク自体が滅ぶことがあっても、それはどうでもいいと考えている。そもそもP2Pファイル交換ソフトウェアの利用経験がないので、Winnyネットワークのコンテンツそのものに価値を見出す立場ではないし、また Winnyの過剰なトラフィックは、本来「土管」を預るはずのISPの人々がそのトラフィックを嫌がるという現実を引き起こして非Winnyユーザとの共存共栄を困難にしているという意味では賢い設計でもないと言えるので。 問題は、「Winnyというプログラムを開発し配布した行為」が違法行為の幇助であるという判断が裁判によってもたらされる場合の悪影響だ (もっとも、このような判断は現状でおもてに出ている情報に基づいているので、Winny作者固有の事情によって他への悪影響が考えられないことがはっきりすれば、別の判断となる可能性は留保しておく)。

警察発表を中心とする報道で伝えられるとおりに、 「著作権侵害が行われていることを知りつつバージョンアップを繰り返した」ことをもって、Winnyの作者が著作権侵害の幇助を行ったと認定された仮定する。 すると、同様の機能を持ったソフトウェアを今後開発しようとすれば、そのようなソフトウェアは著作権侵害を助長するという予期を開発者は当然持つはずである、と認定されるだろう。これだけ社会的に大きく話題とされていれば、知らないという言い逃れができるとは思われない。従って、そのようなソフトウェアの開発は著しく阻害されることになる。

ここで、「同様な機能を持ったソフトウェア」とは何か? それはP2P技術の利用一般ではない。ファイル交換ソフトウェア一般、でもないと 私は考える。 yomoyomoさん高木浩光さんが、おそらくは全く異なる立場からふれているように、 危機にさらされているのは匿名性だろう。トレースできないからこそ、違法行為が行われるのだ、という話である(現実にトレースできないかどうかは問題でなく、トレースできないという予期を抱かせるだけで十分、ということになるだろう。後で匿名性が十分でないことが実証されたり、あるいは設計時点で効率を優先して匿名性を緩めていたり、といった要素はあまり関係ない)。

では、匿名性というのは悪いことなのだろうか?私はそうは考えない。コンテンツの閲覧者のみならず提供者の匿名性も高い水準で確保される必要があると考える。 高木さんは現在の日本国内という文脈では不要だと考えているようだが、 私は異なる考えを持っている。もっとも、これは法執行機関や裁判所をどれだけ信用するか、あるいは信用しないかという価値判断の問題かもしれないが。ただ、インターネットでは国境を越えてデータを移動する。そういったなかで、司法管轄を越えた形で匿名化ネットワークが形成されることが、世界に多くある市民的自由が十分に確保されない国々の人々の情報発信の手助けになる可能性があるということには留意すべきだろう。 また、高木さんはたとえ完全な匿名性の提供が必要であるにしても テキストだけで十分ではないかとしている。しかし、それも誤りではないか。 テキストさえ扱えるなら画像や映像も扱える。高木さんが、まさかMIMEのbase64 encodingなどの手法を知らないということはあるまい。それらを 検知してブロックすることも含めて高木さんは考えているのかもしれないが、他のエンコード方法はいくらでも作ることができる以上、 「テキストに限る」ことができなければ刑事罰、という話ではアンマリではないか。 それに、やはりコンテンツの内容によっては情報発信者の生命にかかわる場合もあるわけで、「あきらめていただく」と安易に述べるわけにはいかない。

なお、高木さんのいう意味での「IPアドレスは固定でなくする」という話は、まさに匿名化だろう。脅威モデルによっては例えば「LIN6における匿名通信の実現方法に関する一考察」という論文の手法が有効かもしれないし、より強い匿名性が要求されるならmix networkが必要かもしれない。

さて、あとは蛇足だが、高木さんは「Winnyの脅威」を強く述べるためか、やや現実から遊離した話をしているように思われるので指摘しておく。

「積極的に他人のプライバシーを侵害する目的」で、 「そこそこ名を知られた人がトイレで用を足しているところをビデオカメラで撮影し、その映像を放流するといった行為」がWinnyで行われるのではないか、とある。が、それはWinnyに限定されない話だ。 各種報道によれば、昨年秋に芸能人のトイレや温泉での盗撮だとされる裏ビデオが登場し、最終的には少なくない週刊誌に掲載され、 「上品でない」一部の雑誌はそれらの映像そのもの (もっとも刑法の猥褻図画にならないようにする修正を必要なら加えただろうが)をDVD-ROM に収めて一般の書店で販売した、という実績がある。 そういった騒動のなかでWebやWinnyに流れたものもあるかもしれないが、 なによりもまず、一般の書店でその種の映像、あるいはそこからの スクリーンショットを含むものが販売された、ということをおさえておく必要がある。 それらのもののほとんどは公式にそれらの芸能人を被写体とするものだと発表されたわけではないが、真偽にかかわらず被害に遭った人がいるにもかかわらず、上記のような出版物の流通が差し止められたり、 あるいは掲載誌が刑法犯に問われたということにはなっていない。 そういった状況をよいものとして肯定するつもりはないが、 少なくとも出版物で許されているものをインターネット上のものでは許されないとする理由は乏しい。

次にUsenetについて。たしかにUsenetでは記事のキャンセルはできた。しかし、高木さんも認識しているように、不正キャンセルが相次いだ結果、記事のキャンセルを無効とするサイトが少なからず出現したことも事実であり、初期の理想はともかく、現実のUsenetではキャンセルは「やらないよりまし」というコントロールに過ぎず、一度送出した記事の完全な取消は期待できない。また、Pathによる発信者記録にしても、 mail2newsゲートウェイと anonymous remailerの組み合わせによってトレースが限定される状況を許容してきたのも、 現実のUsenetだ。 その匿名性は、現在でもコードが保守され運用が続いているmixmaster remailer であればかなり強力なものだ。remailerの場合、受信者が匿名でなかったり最終段でUsenetあての平文になったりするため、そこでメッセージをコントロールできる余地があるという意味ではWinnyとは同一視できない部分もあるが、 しかしUsenetを持ち上げつつWinnyをことさらに悪く述べてみるという手法には、違和感を感じる。

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技術者の倫理を問う   技術者の倫理を問う ■  崎山伸夫のBlog 高木浩光@茨城県つくば市の日記の「市民の安全を深刻に害し得る装置としてのWinny」に対する批判「Winnyの存亡より...
Permalink永続的リンク 2004/05/31 @ 14:10
コメント: shiraga [訪問者]
>少なくとも出版物で許されているものを >インターネット上のものでは許されないと >する理由は乏しい。 問題はそういうことではなく、 「被害者が流通を止めたいと思った時に止められるか?」 です。 WinnyやWinMXで実際に「積極的に他人のプライバシーを侵害する目的」で『超淫乱!○○県○○市 山田◯子』みたいな名前の画像や動画が放流されてます。 ○○県○○市 山田◯子さんが実在するとしたらどうでしょう?これはプライバシーの侵害にあたりませんか? 画像や動画が本物かどうかは関係ありません。 ビデオや出版物なら販売差止可能です。便所の落書なら消せば良い。 しかし、Winnyなどで放流されたファイルは消せません。 それでも高木さんの話は現実から遊離していると思いますか?
Permalink永続的リンク 2004/06/01 @ 05:09
コメント: 声 [訪問者]
現実社会でも口から出した言葉を口の中に戻すことは出来ないと思いますが。Webと口頭では届く範囲が違うので被害の範囲は違うと思いますが、世に出た情報というのは本来消せないものと思います。
Permalink永続的リンク 2004/06/01 @ 08:12
コメント: 高木氏の意見は流通レベルだけにしか言及していない・・・ [訪問者]
>詭弁を振り回す輩が予想通り現れてきたが、拡散に人の意識が介>在する余地があるかないかが肝である と高木氏のブログであるが、意識レベルを問題にするのであればWinnyであっても意識は介在している。 情報に対する人の意識は 情報を出す行為ー情報を流通させる行為ー情報を受け取る行為 という一連の行為のそれぞれに介在する。 高木氏はこの「情報を流通させる行為」にのみにおいて言及しているのにすぎないのであって、「受け取る行為」にも着目しなければ情報に対する論議としては不十分であろう。 実際生活では我々に対する情報のコントロールは流通レベルでおこなわれており、Webとはこの流通レベルのコントロール権を 少数者から奪うということを本質的な性格としてもっている。 実生活上のコントロールをWebにあてはめようとしてもその実効性は期待できないのであり、そのうえでプライバシーを守ろうとするならば「出す」レベルと「受け取る」レベルにおいての意識付けこそを問題とすべきであろう。
Permalink永続的リンク 2004/06/01 @ 22:42
コメント: shiraga [訪問者]
>>声さん
>現実社会でも口から出した言葉を口の中に戻すことは出来ないと思いますが。
それはむしろ口にする側の人間が自戒とすべきことですね。
いわれのない中傷をされた側に対して「口の中に戻すことは出来ないのだからあきらめろ」と言いますか?
それでは言ったもん勝ちじゃないですか?

まず、(1)単に個人の口から出た言葉と(2)書籍や雑誌、放送、インターネットなど不特定多数に向けられたもの、は『影響のおよぶ範囲』という観点で区別すべきだと思います。


次に、個人の発言であれ、書籍、雑誌、放送、webページであれ、法的に差し止めることも訂正文を出させることも(被害者が求めれば)可能です。
Winny型のファイル共有ソフトでは、そんなことはまったく不可能です。
個人のプライバシー侵害や人権侵害のために使われた時の『影響の持続性』は書籍や雑誌や放送やwebとは比較になりません。
この点でも他のメディア(webを含む)とは区別されるべきだと思います。
Permalink永続的リンク 2004/06/08 @ 06:28
コメント: AC [訪問者]
それはWinnyを過大評価しすぎです。そして、人の人生を 何度も完全に破壊している報道被害を過小評価しすぎです。 放送の訂正というものがいかに機能しないものなのかは、 多くの報道被害事件で明らかでしょう。 Winny で流出した場合の深刻なプライバシー被害と、 報道で受けた深厚なプライバシー侵害とで、この現在の 日本という社会において、どちらがどれだけ危険なのか、 見る人間の数をしっかりと数えて、よく考えてみたら どうでしょう?
Permalink永続的リンク 2004/06/14 @ 23:43
コメント: shiraga [訪問者]
To ACさん>
あなたの書きこみは、完全に論点のすりかえです。
「間違った報道による被害の回復が実質的に困難である」ことと「回復の方法が存在しない」ことは全く別の問題です。
私は「回復の方法が存在しない」ことを問題にしているのです。
Permalink永続的リンク 2004/06/15 @ 05:01
コメント: ruriha [訪問者]
高木氏は「Winnyが違法行為の意図的な幇助をしている否か」という実例に 徹して論じているのに対して、崎山氏はWinny自体が幇助かどうかはどうでも良く、 「違法行為の幇助であるという判断が裁判によってもたらされる場合の悪影響」 つまり匿名性に対する随伴的な否定的影響についての論を展開しておられますね。 Winnyというの具体例はどうでもいいということです。 話がまったく噛み合わない道理です。 ちなみにUSENETに関する崎山氏の言及は(反論だとしたら) 全体が無意味です。 高木氏の主張(法律違反や回復不能なプライバシー侵害の発生を(利用者が仮 に望んでいなくても)誘発・誘導させるシステム」と「それをしないシステム」 の区別は、技術的可能性の話としていえばグレーゾーンは確かにあるのだが、 弁別可能である場合も確かにあり、事例としてのWinnyとUSENETは弁別可能な 例の一つであり、Winnyは前者に属し、USENETは後者に属している)に反してい ないからです。 ちなみに匿名性については高木氏は否定しているわけではなく 非常に細かく注意深く議論している。この唯一かみ合いうる話題について 崎山氏は丁寧な議論をしようとはしていない(日記だから丁寧な議論なんかしなくていいのかな?)。
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