読売新聞系はじめ一部マスコミが個人情報保護法で個人情報が過保護になっている、というキャンペーンをはっていることもあって、それに同調する意見の方が増えてきている。 blogで直接に知っている方の例だと、砂田薫さんの意見がそれに当たるだろうか。
しかし、問題になっている事態は「過保護」というのとはちょっと違うのではないか、と思うのだ。個人情報保護法などは、個人情報を適正に扱うことを求めているだけであって、そのなかに本人同意がいくつか出てくる。決して、個人情報を常に出せないとか集められないとか、そういうものではない。多くの問題は、本人の同意のもとに行う、という手続きをとることを単にサボっているだけと言える。ただ、サボるのは必ずしも悪いことではなくて、 手間に見合うだけの利益や意義を見出せないのであれば、やめるのが正しいのではないか。
「災害時に助けが必要な一人暮らしのお年寄りの情報が地域の民生委員に知らされない」というのは、同意手続きをとる仕組みが作られていないという問題に過ぎず、作ればいいだけと思われるし、「学校が児童・生徒の緊急連絡網を廃止した」というのも、連絡網の一覧できるものが作成されなくなったということだとすると、緊急連絡のためにクラス全員の個人情報をクラス全員に配る必要があるかというとない、というのはひとつの判断だろう。クラス全体に連絡先個人情報を提供することが個人情報保護の観点からみて「安全」かどうか、というのも、現実には否定的に考えざるをえないのではないだろうか。
少し違う例としては「役所が懲戒処分の職員の氏名や退職者の天下り先を公表しなくなった」といった、最近よくみる例で、個人情報保護は単に言い訳じゃないか、という気がするものだが、こういう「公共性の確保のために必要な強制的な個人情報開示」は、なるほど法改正が必要かもしれないが、個人情報保護法ではなくて、行政機関個人情報保護法や、公務員法の問題のように思う。
あと、警戒すべきは、個人情報保護法への過保護バッシングのなかで、便乗的に出て来る声だ。例えば、大木豊成氏のblogから、評価なしに紹介されている「調査会社の社長ブログ」がそうだ。調査会社としての利害から、戸籍と住民票の閲覧や取得が制限されることに反発しているエントリが並んでいる。が、2005年にも行政書士が差別を目的とした調査会社の身元調査に荷担して戸籍謄本を不正取得していたことが発覚するなどしている、といった問題がいまなお残っているという背景事情もあることを述べていないことを考えると、かなり身勝手な主張とみえる(なお、上記blogの社長の経営する調査会社では部落差別に関係する調査は一切受け付けていないと表明しているし、業界の自浄努力にかなり貢献してきた会社のようにも見える。が、それでも、現実に差別的な身元調査が根絶されていないことに目を逸すべきではないだろう)。調査会社のいう、戸籍や住民票の「公開原則」のもつ利益と、悪質な業者が起こす差別(部落差別に限定されない)のもつ害悪の防止と、天秤にかけてどちらが優先されるべきだろうか?
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