今さらながらWinnyを利用する情報漏洩ウィルスや、それに伴う「規制」の是非について軽く書いてみたいと思う。
すでに、Winnyの作者の金子勇氏が、研究会・シンポジウムや公判の席などで、流れた情報の管理が出来ないことは欠陥である、という主張をしていて、それは報道もされている。個別のソフトウェアについて、その作者の見解としてそうだ、ということであれば、ここで私はそれについて是非を問うつもりはない。ここで論じたいのは、では、「情報流通を管理しない情報拡散システム」は全て欠陥なのだろうか、ということ、より具体的には、「情報発信者以外が情報流通を管理できない」ケースについて考えたい。
この問題は、1月にGLOCOMで行われたP2Pインフラ研第1回の公開シンポジウムの席でも簡単に扱われたのが最初だろうか。金子氏がその問題にふれた最初ということもあったと思われる。そのとき高木浩光氏は、「どういう管理か、というのも問題」としながら、慎重にもその中身がどうあるべきかについては、言及しなかった(と思う。私は予定終了時刻には他の用事で帰ったので最後まで議論を聞いてはいなかった)。が、金子氏自身の公式の場での発言や、その他の人々のその後の議論では、何らかの「第三者」が情報流通を管理する必要性がある、という前提が置かれているように見える。
しかし、それって一般論としてはどうなのだろうか、と思うのだ。情報流通ウィルスのようなものが特定のP2Pファイル共有ネットワークを利用するのは避けがたいとしても、その情報を削除する操作については情報流出元から出来れば、情報漏洩問題の大半は片付くのではないだろうか。それと、ネットワーク中に情報発信元とは異なる「管理者」を置き、そこで情報の削除などができるようにする、というのは、根本的に異なる管理だ。その管理者は、情報の「内容」に介入して、情報発信元の意志とは別個の意志で情報を削除することになるだろう。それでいいのだろうか?
ここで問題にしたいのは、個別のP2Pソフトウェアやシステムの作者が実際にどうするか、という話ではない。後者のようなものしか許されないとか、そうでなければ欠陥だ、ということにしていいのか、という問題だ。
P2Pインフラ研で話を聞いていたとき、実のところ、私が思い出したのは、暗号ソフトウェアにおけるキーエスクロー導入の議論だ。「テロリストも自由に暗号が使えてしまう。危険だ。国家に鍵を預託するべきだ」というかつて行われた議論と、「なんでも情報が流れて取り返しがつかない。管理者が情報を削除できるようにしておくべきだ(そして、政府が情報削除を管理者に強制することは刑法改正案によって可能になる)」という今の議論は、どこかパラレルなものがあるのではないだろうか。もちろん、キーエスクローにおける「暗号システムが脆弱なものになるリスク」と、P2Pネットワークへの管理強制における「公開した情報が削除されるリスク」は同等ではない。 しかし、安易に「管理できないP2Pネットワークは悪だ」という議論がはびこれば、横滑べりに「管理できない暗号システムは悪だ」という議論の再燃も起こりかねないと思う(そういう議論をしたい人は911テロの後、増加している)。例えば高木氏は、この二つを峻別して議論できるし、実際しているような気もするが、全ての論者がそうではないと思う。
このエントリで、私は結論を述べるつもりはない。だが、「管理できないP2Pネットワークは悪だ」と、安易に主張することはできないし、安易な主張をするべきでもないと思うので、もっと厳密な議論を人々にはお願いしたい、というところだ。
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