Blogを書かないまま2ヵ月が過ぎて、久しぶりに書いてみることにした。今回の話題は、白田秀彰氏による新著、「インターネットの法と慣習ーかなり奇妙な法学入門」(ソフトバンク新書)について。
献本頂いたのが昨日届いたのだが、実のところ出版記念パーティに招待頂いたのでその場で先に購入してようやく読み終わったところだ。献本頂けるのがわかっている状況ではあったのだが、担当編集のかたにすすめられて「ダブっちゃうなぁ」と思いながら買ったのだけど、買って先に読んでよかった、というのが端的な感想。正直、もとになったHotWiredの連載の内容をちょっと直したぐらいで出てきたら、内容に不満は無くても読み捨てる感じだなぁ、と思っていたのだけど、意外にも、感動的な出来映えと言えるぐらいの名著だった。
書かれている内容についての範囲と射程は、レッシグのCODEと同様だと思う。もちろん、CODEはかなり厳密な議論をしようと考えて実例を豊富に引用し、そして後に幾度となく参照されることとなる法・(慣習的)規範・市場・アーキテクチャによる規制構造の提示などのパイオニア的な本である一方、「インターネットの法と慣習」は、くだけた文体の新書で、例のひきかたも学術的とは言えず(「どこかで聞いた」というのが多い。ググれば厳密な引用が出来たものもあるように思う)、強烈な新しさがあるというわけでもない、という意味では、両者は比較できるものでもない。にもかかわらず、「インターネットの法と慣習」は、少なくとも日本に住むネットが大事な人にとっては、CODEと同様に重要な本だ。
CODEは、なんといってもアメリカの法の伝統の中で書かれている本だ。英米法的な考え方が絶対的な前提としてあり、そして、「憲法の伝統」を臆面もなく召喚できる環境のなかで、CODEは書かれている。CODEの内容を日本社会における問題を考えるための処方箋としてそのまま使えるかというと、かなり無理がある。法体系の違いもあるが、伝統として憲法を呼び出すことでほとんどの人に対して説得力を持ち得る議論ができるかというと、それが厳しいのが日本の現実だ。何よりも、「憲法改正」によって、日本国憲法、というより近代国家の憲法の原則そのものを毀損しよう、ということを言っている党が与党であり、多数の支持を得ている現実がある。理性的・専門的な議論はともかく、日常的な価値基準として、憲法の理念をネガティブなものとしてしか参照できない人々が少なくない現実、そういう状況がある。白田氏もまた英米法に軸足を置く人だが、しかし、それが日本の法体系ではないことに自覚的であるし、またそのことによって、日本の現実に立脚しながらも、日本法や大陸法に軸足のある人よりも幅広い視点からものをみることができていると思う。さらに、インターネットのこととなると一国で充足しがちであり、また政治的にも一国で全てを決めてしまいがちなアメリカで書かれたCODEと異なり、ポリシーロンダリングへの言及を含めて、国際的な視点が確保されている。また、根源的なところからものを考える、という意味では、憲法を強く出すCODEよりもさらに深い部分もあると思う。憲法が参照軸となりにくい国において、これは重要だ。
最後の政治参加・変革について、CODEと「インターネットの法と慣習」は、一見、全く逆の結論を述べているようにも見える。しかし、これは立脚する前提の違いがあるからで、相補的なものと考えるべきだろう。そして、CODE程度の処方で済む国と違って、日本における現実は「インターネットの法と慣習」が提示する、一見明るい未来にみえつつ、実のところ茨の道を選択することを我々に強いることになる可能性は、やはり高いのだろうなぁ。
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