そういえば、MIAUの「大感謝祭」キャンペーンというのがあった。すっかり忘れていた。
私が最も感謝する創作者といえば、大学時代からほぼ毎日使い続けているEmacsの作者であり、私の日常の計算機利用を支えるフリーソフトウェア、オープンソースソフトウェアの基盤となった GNU Projectの創始者である Richard Stallman だろう。実際には、今や巨大となったフリーソフトウェア、オープンソースソフトウェアの領域において、Stallmanの書いたコードの量、というのは、それほど多くないものになっているかもしれない。そして、それらのソフトウェアの全てが GNU Public Licenseを用いているわけではなく、自宅で好んで使っている FreeBSDはOS本体はBSD Licenseだし、Web サーバの Apache httpd は Apache License と、そこは多様だ。でも、Stallmanが フリーソフトウェアの運動を始めたからこそ、そういう精神がそれ以前のコミュニティに存在していたとしても彼がそれを運動として見出したからこそ、AT & T Unixから BSD を切り離して独立のOSとすることが現実化したとも思うし、他の種々のフリーソフトウェア、オープンソースソフトウェアも生まれてきたのだと思う。ありがとう、Richard Stallman。
昨日書いた件だが、正式発表があった。
これはひどいね。 新規契約者のみではなく、既存契約者についても「十分な周知を実施し、親権者から不要の申告があった場合を除き、フィルタリングサービスを設定する等の対応を行います」とある。この既存契約者には、現在のフィルタリングの有無を必ず選んでいるはずの契約者も含まれるように読める。
ちなみに、現状では、フィルタリングサービスの解約には、携帯電話三社は親権者の同意書が必要であり、NTTドコモの場合は、さらに親権者であることの証明として住民票等の原本を求めている(窓口手続きは出来ず、郵送のみ)。他社の場合にそこまで必要かどうか分からないが、もし必要となれば、その手間は少なくなく、「フィルターは要らない」と親子で思ったところで、そこまで手間をかけてまで、という障壁になることは間違いないだろう。これを既存の未成年契約者全てに課すのだろうか。
そして、繰り返しになるが、フィルタリングでブロックされるのは、典型的ないかにもな「有害サイト」ばかりではない。KDDIであえば「公式サイト」(の一部)以外全てがブロックされるし、NTTドコモやソフトバンクモバイル、ウィルコムの場合でも、「コミュニケーション」サイトが対象になっているのは、それが(一般論としては)「リスク」と捉えられているからであって、該当するサイトが「有害」だからではない。そして、該当するサイトは余りにも多い。オプションならまだしも、そして、加入時の選択ならまだしも、既存の未成年者契約全ての「原則」をこのようなフィルタ付きに倒し、それを望まない顧客には手間の時間とお金をかけさせる、というのは、消費者保護的にも疑問だ。契約者は契約時のサービスレベルを期待して契約したのではないか?
なるほど、こんな、ボトルネックたりうる通信事業者がコンテンツにやりたい放題できる環境は、過去いろんな人が言ってきたように、End to End を尊ぶインターネットではないね。そう割り切るのであれば、もう携帯電話のネットサービスの契約者数は、インターネット普及の統計からは除外するべきだね。とくに auの未成年契約者の大多数は、これでインターネットから切り離されるのだし。
日経新聞によれば、「携帯有害サイト制限、未成年者は原則加入・総務省、各社に要請へ」とのことである。携帯各社とは話がついている、との報道。新規は「希望しない場合のみ申し出」をしないと自動的にアクセス制限が強制され、既加入者についても「加入を強く促す」という話。
「有害サイト」と言って思考停止が起きているとしか思えず、実のところKDDIのauであれば、これは公式サイト(の一部)以外は全てアクセスできなくなることを意味するし、NTTドコモにしても、ソフトバンクにしても、その幅は結構広い。ここでは、「コミュニケーション」が全面的に制限されていることに注目されたい。これは「ウェブチャット、掲示板、IT掲示板」となっている。この分類において、2ちゃんねるも高尚なブログも、一切の区別はない。なお、NTTドコモ、ソフトバンクの両社は、ネットスターのデータベースを用いていることを明記している。私のこのブログはマイナーなのでデータベースに登録されていないが、大手のブログ事業者サイトのブログは、全て該当しているし、個人のサーバで立てているブログでも、該当するものは結構ある。高木浩光さんの日記は「IT掲示板」と分類されている。コメント欄のある無しは関係ないようだ。トラックバックを受け付けているからだろうか?
さて、この「コミュニケーション」には、SNSも該当している。mixi も該当する。mixi はこのカテゴリに該当することをとうに把握していて、過去にユーザー向けには通知を出していた記憶がある。とはいえ、mixiは「18歳以上」を会員とするSNSだし、PCと携帯電話の両方でサービスをしているから、影響があるのは18,19歳の携帯電話のみのユーザーだろうから、影響は限定的だろう。ここで問題になりそうなのは、モバゲータウンだ。モバゲータウンは携帯電話専用のサービスで、運営会社DeNAの2007年5月のプレスリリースによれば、会員数は500万人を突破し、その53%が10代であるという。そう過半数が「未成年」であるということ。「携帯有害サイト制限、未成年者は原則加入」の影響を強く受ける可能性がある。そして、実際、モバゲータウンのサイトURLである http://mbga.jp/ は、ネットスターのデータベースでは「掲示板」とされている。多くの家庭の親が新規契約についてあえてフィルタリングをしないよう求め、また既加入者対象のフィルタリング加入要請をあえて無視し続けるのでなければ、事業への影響は避けられないだろうね。
注: 私はモバゲータウンのユーザーではなく、DeNAの株式も所有しておらず、過去に所有したこともない。
追記: DeNAの平成20年3月期 中間決算説明会資料によれば、2007年9月の会員数743万人の時点(あるいは9月末より前の700万人時点)での10代比率は47%とのこと。ただし、本エントリの大意には影響しないはず。
さらに追記: 公式発表があったので「総務省のせいで「モバイルインターネット」はいったいどうなってしまうの?」という新エントリ。
インターネット上の、いわゆる「違法有害情報」の通報窓口であるインターネットホットラインセンターの活動について、最近、担当しているインターネット協会の国分副理事長がインタービューを受けた記事がマイコミジャーナルに掲載されていた。
基本的に私は、国分氏のネット規制推進の活動には批判的な立場ではあるのだが、通報を受け付けている立場からの率直な説明のうちいくつかについては、実のところ同様の認識を持っている。ただ、一罰百戒を狙って処罰範囲を拡大せよ、と、彼らの仕事も無限に拡大しそうな勢いについては、これは、ネット規制がいい悪いではなく、単に有効性がないまま萎縮効果を拡大させるものであり、違うんじゃないかと思っている。基本的に法執行が不十分であり、国際的な情報共有もなされていないことが最大のボトルネックだろう。もちろん、日本ローカルに「有害だけしからん」と言っているような話は国際的な取り組みたりえないのだが、直球の商業的児童ポルノについてさえ、現状の取り組みは機能していないように見える。
なんでこんなことを言っているかというと、私はホットラインセンターの取り組みにあまり信頼を置いていないので、時々、児童ポルノを検索で見つけて通報して様子を見る、という実験をやってきたからだ。詳しくはICPCという、議論オフレコのややクローズドな会合で喋るのに使ったプレゼン資料を公開しておく(自分の資料の公開はもちろん問題ない)ので、そちらをみてほしい(2006年11月分。後半はフィルタリングの話。2007年11月分。こちらはBOF用に即席で作成した資料なので、不備があると思う)。2006年と2007年の違いは、2007年は国際通報の枠組にホットラインセンターが組み込まれた、ということ。また、2007年は、商業的児童ポルノ1タイトルに直接の通報内容を絞ってみた。
各種の画像検索サイトの状況をみていると、児童ポルノサイトを組織的につぶしていく、という取組が、全くないとは言わないが、実効的には存在していないのではないかと思う。このような状況は、英単語で画像検索を行ってもその種のサイトがほとんどひっかからなくなった状況と比較すると、雲泥の差だ。英語圏では、シラミ潰しの取組が行われたが、日本語圏ではいまだ行われていないのだと思う。国分氏インタビューによれば、警察庁の予算での民間委託事業で、新たに「サイバーパトロール」が行われるようになるというが、「違法・有害情報」では、対象が広すぎて、ピンボケだろう。ところで、日本には、児童ポルノ被害からの児童の保護を問題にしている NGO がいくつもあるはずだが、彼らは民間のファンドをとってその種の事業を行っていないのだろうか?ファンドはとれると限らないとして、もし申請もしていないとしたら、それはなぜだろう?
また、通報後の状況をみると、日本国内については、「携帯裏サイトに中学生(らしき者)が自分の裸の写真を投稿しちゃいました」といったケースはともかく、直球の商業的児童ポルノサイトについては、ホスティングプロバイダへの通報なのか警察の強制捜査の結果なのかは個別には分からないが、削除処理は時間がかかるにしても行われているように見える。問題は海外のサーバで、自明な児童ポルノ画像サムネイルだけを非公開としているケースが増えている。端的にいえば、11歳と言っている画像は18歳未満が被害者だと画像だけで自明に言えるが、17歳と言っている画像の被写体の年齢が18歳未満かどうかは、画像だけでは自明ではない、ということ。日本での検挙や裁判の情報が海外の関係機関と共有されているのであれば、そういったものも通報することに意義が見出せるが、現状はおそらくそうではなく、実際にそれで商業的児童ポルノサイトが生き残っている状況がある。また、通報してもいつまでも「自明な児童ポルノ」が生き残っているケースもいくつかある。このように述べると、容易に予想されるのは東欧やアジアの法執行が全般に不十分な国だと思うが、実のところは、私が把握しているケースはアメリカ合衆国国内にアドレスを持つサーバーである。いったいこれはどういうことだろう?と思う。
国内国外ともに、この種のサイトがそれなりの数新設され続けている事実はあるが、しかし、何故か長い期間生き続けているサイトも多い。端的にいえば、MSN live searchの画像検索結果は、サイト数ではたかが知れており、一方でGoogle画像検索の結果は、微減程度で安定して多いということだ。こんな現状は「いたちごっこ」とすら言えないだろう。あれもこれもと広汎なネットの表現を抑圧したがる前に、深刻な被害があるものに対象を絞って徹底的に対処するべきじゃなかろうか。
私的録音録画小委員会中間整理に関する意見は、改めて書いてはみたものの、本質的にMIAUパブコメ最終案のサブセットにしかなってないので掲載は省略。ていいうか、基本的に書きたいことはMIAUでの議論に反映させて、ずいぶん書いちゃったから、もう別の案書くとか無理!って感じで。補償はちょっと違う表現をしたけれども。
MIAUのパブコメは、読めば自明なように、私的複製の範囲縮小について反対、というのが中心になっている。補償問題では、著作権団体とJEITAの間の大きな対立があるけれども、そこにはあえてあまり踏み込んでいない。金の問題は、そこはどうにでも考えられる問題で、個人的には、むしろ、補償問題とDRM問題がリンクするのが問題だと思っている。
「法制問題小委員会中間まとめ」に対するパブリックコメントを以下に。MIAUとして意見集約する時間はとれなかったけど、私的録音録画小委員会ほどには差し迫ってない状況にみえるので、それはまあいいか、ということで個人で。自分で考えていたこと以外に小倉弁護士の書いたものも参考にした、というか、意味的にはほとんど同じ項目もあるけど、いちおうコピペではないです。
TV番組についての具体的検討は、問題を深く掘り下げるという意味において検討対象としたことは妥当。しかし、共通する課題として抽出された、権利者が所在不明等を今後生じさせないようにするための方策や、過去の著作物のおいて権利者が所在不明等の場合の利用の円滑化の方策といったものは、TV番組に限定された課題ではなく、出版物や音楽等においても二次利用の障害となっているケースは多いと考えられる。今後の検討においては、TV番組に限定することなく、著作物一般についての利用円滑化の方策として検討するべきだと 考える。ただし、網羅的な検討をすることで検討作業が著しく遅延するような結果を求めているわけではない。
反対する。
本節における海賊版の定義は「著作権等の権利を侵害する物品」と、幅広いものとなっている。これには、典型的な海賊版であるような正規商品や原盤の無許諾複製品ばかりではなく、無許諾の二次創作物(複製権や翻案権の侵害にあたるもの)などが含まれると考えられる。
行為類型1,2,3,4においては、譲渡告知行為の時点で海賊版が存在しているが、行為類型5 においては、譲渡告知行為の時点では侵害品が存在していない(14ページ)。譲渡告知行為の時点で、例えば、特定の著作物の名称が記されていたとして、それがのちに創作される創作物が複製権や翻案権の侵害にあたるかどうかは、自明ではない。創作活動一般の多くの部分は過去の著作物の影響のもと成立している。過去の著作物からの影響を明らかにしつつ今後の創作予定を記述することで海賊版の譲渡告知行為と混同されることがあれば、それは創作活動を萎縮させることにつながる。
この点、16ページに慎重に検討すべき内容として「譲渡告知行為が行われた時点で海賊版か正規品を販売するか明確でないような譲渡告知行為まで権利侵害を追及することは、正規品の取引をも萎縮させてしまう効果を与える可能性があること」とあるが、これは素直に読めば取引において正規品を仕入れているのかデッドコピーの侵害品を作成して販売するのか明確でない、という意味にとれ、創作活動への萎縮効果についての検討が十分でないと考える。
本節の結論としては「情を知って」などの一定の要件の下で権利侵害行為とみなす、となっているが、創作活動への萎縮効果を考えると、少なくとも行為類型5については、海賊版の定義を限定的なものとする必要があると考える。
反対する。
法的に著作権侵害とみなされる範囲と実際に権利者が侵害として問題とする範囲が大きく食い違っているのが実状である。日本においては、英米法におけるフェアユースが法的には存在しないが、些細な侵害については権利者が権利行使しないことで、実質的に法的な権利制限を超えて社会的に妥当な著作物の利用が確保されている面が存在すると考える。非親告罪はそのような妥当なバランスを大きく崩すものになると考える。
大規模な海賊版の拡大防止を望む商業的著作物の権利者には、親告罪で告訴する手間をかけるだけのインセンティブが十分に存在すると考えられるため、あえて非親告罪化する必要はないと考える。
健常者へ渡らないようにする利用制限については、慎重であるべき。
本権利制限において、字幕付与は限られた関係団体の限定的な人的リソースのもと行われることが前提となっている。しかし、例えば、インターネット等を利用して多くのボランティアの、個々では少ないながらも集合的には大きいリソースを利用した字幕付与、といったことが、実際には可能ではないかと考えられる。そのような作業においては、個々の字幕は多くのボランティアのピアレビューによって改良されていくことが期待される。YouTube の動画に字幕をつけるサイトとして 字幕.in といったサイトが報道され著名となっており、システムとしてはすでに技術的に可能であると考えられる。
しかし、健常者へ渡らないようにする利用制限が厳密に付されている場合は、そのような作業環境は当然ながら権利制限のもとでは実現できないことになる。
健常者がボランティア参加を口実にして著作物を対価を払わずに享受できるという状況であれば問題だが、個々の著作物等の通常正規ルートでの視聴者や購入者がボランティアとして参加するという前提であれば、問題になるのは翻案としての字幕がボランティア登録をした健常者に渡ることであるが、それらの健常者がすでに正規ルートでの視聴や購入をしたものであると確認できるのであれば、それは著作権者の商業的利益を損ねることにはならないのではないかと考える。
新規立法による権利制限の範囲をロボット型の検索エンジンに限るのではなく、ディレクトリ型も含めることが適当であると考える。
ロボット型の検索エンジンにおいても、部分的にウェブサイト情報の収集を人手で行う場合は存在すると考えられ、また、事前の許諾を要するとすると、ウェブサイト運営者は意図する以上の許諾確認の電子メールなどを受け取ることになり、むしろ円滑なインターネットが阻害されるおそれがある。
また、近年利用が増えているソーシャルブックマーク(SBM)サービスは、ウェブサイト情報の登録や評価を人手で行ってはいるが、その人手はサービス運営者ではなくサービス利用者の集合という膨大な人手であり、しかもそれらは個人としてのブックマーク行為が結果としてディレクトリサービスに反映され、分類自体も個々のユーザが自主的に行うタグ付けに依存するといったものである。こうしたものが事前の許諾を要すると結論づけられることもまた現実的ではなく、著作者の利益を通常害するといえないものについて余計な制約を課すものだと考える。
スニペット等の公衆送信に着目して、そこで著作者の権利を保護することを考えれば十分であり、情報検索を支えるデータベース部分については、広く権利制限して問題ないと考える。
検討されている間接侵害の範囲はなお広過ぎると考えられる。これは、著作物の利用形態の多様化をはかる新規商品・サービスの開発や提供の妨げになると考えられ、また、昨今のインターネット利用の高度化でサービス提供者となることが一般のネットユーザーにも容易になりつつあることを考えると、一般のネットユーザーの創意工夫やサービス創作の活動の妨げになると考えられる。例示ではなく、「専ら侵害の用に供される物等の提供」のみを間接侵害とするように絞り込む必要があると考える。
インターネット先進ユーザーの会(Movements for Internet Active Users : MIAU)が設立の運びとなりました。たいした仕事はしていないのですが、発起人の一人となっています。基本的な事項や詳しい話は、公式サイトやはてブのエントリを見て頂くとして、個人的な考えを。
名称について評判いまいちですが、ぶっちゃけこういうものを作るのは勢いが大事です。で、勢いで略称が先に提案されてみゃうみゃう萌えながら中身の議論していたところで、この英語名称を私が提案してこうなりました。 Movements for Active Internet Usersではという意見が発表後に出てきていますが、それではまいう〜になってしまいます。それはさておき。
「先進」/Active というキーワードについて、このあたりは御批判がありそうなところで、実際はてブでも微妙なコメントがついているので、少しその思いを述べてみます。
インターネットの理念について書いた文書で有名なものに、RFC 3271: Internet for Everyoneというのがあります。2002年に発行されたもので、著者は Vint Cerfです(石附陽子さんの訳と、宇夫陽次朗さんの訳があります。前者がおすすめ)。ここでは、「インターネットはみんなのもの」です。この文書に書かれた理念に、私もまだまだ共感するところがあります。ではなぜ "Active Users" と、一見、対象を絞ってしまうような名称を提案したか、です。2002年当時と現在とでは、インターネットアクセスの普及状況は全く異なります。少なくとも日本についていえば、その中身を問わなければ「インターネットアクセスはみんなのもの」にかなり近い状態になってきています。これを限りなく100%近くまで引き上げていくことは、まさに「国策」として、今後も推進されていくことでしょう。
問題はその中身です。Internet for Everyone にあるような理念は、現実の問題としては全ての人々に共有されているわけではありませんし、また、Internet for Everyone は包摂的であるため、肯定的に打ち出されつつ相互に衝突しあう価値間の調停については何も述べていません。後者の代表的なものが、著作権など知的財産権の保護と表現の自由や通信の秘密の衝突です。MIAUがまず扱う問題はこちらに属します。一方、前者が「安全・安心」を前面に打ち出した、ネット規制の動きだと私は考えています。もちろん、「インターネットがみんなもの」であるためには、インフラとしてのインターネットが正常に機能する必要があり、その意味での安全性がある程度必要なことは事実です。が、「安全・安心」の動きの中には、パターナリスティックに私たちの自由とプライバシーを制限しようとするものが少なからず含まれていることも事実です。こうした、私たちの自由を奪っていくさまざまな動きに対して、声を上げてバランスを取り戻す必要を感じています。
しかし、インターネットアクセスの普及率が十分に高い今、理念としてはともかく直近の現実の話として、「インターネット利用者」全体が特定の利害をもつものとしてそれを集約することは困難ですし、その意見が上記の理念を反映しているともいえません。そこで、ネット的価値という理念に寄り添うことが利益になる存在として、"Active Users"という言葉を選びました。そして、直近ではそれは大きな存在ではないかもしれませんが、未来のEveryoneになりうると、私は信じています。
中央教育審議会が中学校での武道を必修教科にする方針を決めた、ということで内田樹氏が批判をしている。で、それとも微妙に関係ある気がするのだけど、もっと直截なレベルで、まずいよなーという感じで簡単に。
以前の男子必修が選択になった経緯をもはや覚えていないのだけど、とりあえず、1990年代に神戸高専事件と呼ばれる事件があった。神戸高専は神戸市立の公立の学校で、そこでエホバの証人の信者の生徒が必修科目の剣道の実技を許否し続けて、留年になったり退学処分になったりした、という問題。信教の自由の侵害だということで生徒側が学校を訴えて、最終的に損害賠償請求訴訟で生徒側が勝訴して確定している(詳細はリンクをはったWikipediaの記述を参照のこと)。覚えてないが、事件が1990〜91年に発生していることと、男子必修でなくなったのが1992年なので、これはリンクした事象であったような気もする。
いずれにせよ、これは最高裁判例として生きている状態のものなわけで、趣旨も含めてこれと真正面からぶつかるんじゃないかと。一部の報道では「原則」と書かれている、ということは例外として代替措置を用意して済ませるのかもしれないし、あるいは、時間数としては大きくない方向にしておくのかもしれない。しかし、新教育基本法とそれに乗っかった「伝統尊重」路線というのは、むしろ信教の自由を軽く見る路線でもあるわけで、報道に見える委員の意見も、「伝統を尊重しない」なら「教育」したい、そんな思いが伝わってきてしまうのでどうなることやら。ちなみに、神戸高専事件の背景にも、時代は違えど似た状況があったようだ。おそらくは学校式典での国旗・国歌に関する裁判の判決なども、こういう雰囲気を後押ししたのだろうけど、しかし、「武道必修化」はそれが信教の自由とぶつかってしまう人達にとっては、式典よりも遥かに制約が大きいし、最高裁判例が覆ったわけでもないんだよね。代替措置を用意しない場合、「武道許否」は当然ながら生徒の成績に影響を与えるだろうし、それは高校受験する場合の内申点にも影響を与えるだろうが、そういう不利益は受忍すべき、ということになるのか、ならないのか、そのあたりが問題になるのだろうな。
1. コンテンツサービスの分類について、社会的機能・社会的影響力を直接の規律 の根拠とすることに、イノベーションの阻害要因になりえ、事業の予測可能性を 低下させるので反対する。品質保証された「伝達保証性」を保持する量によって 分類し、ベストエフォートのインターネット上のサービスは事業者の希望のある 場合を除き「公然通信」として放送的規律を適用しないようにするべき。
2. 公然コンテンツの内容規律にあたっては、違法コンテンツの中でも世界的に禁 止・規律強化の方向を一致してとれると考えられる部分と、実質的に国内ローカ ルに過ぎない部分を分けて考え、比較的少数である前者について徹底する方向で 法的、人的、金銭的リソースを配分する一方、後者については、むしろ一定の制 限のもと合法とし、規律に服する国内サービスが優位となる方向で制度設計する、 といったことについて、今後検討するべきである。
3.ゾーニング規制については、セルフレイティング規制とし、法的根拠は一部の みとし、基本は自主規制とする。前記の違法コンテンツの規制緩和の条件として ゾーニング規制を用いるという規制緩和としてのゾーニング規制もあわせて検討 するべき。
1頁8行-12行
1.現状認識 (1)日本の情報通信の状況これを背景に、インターネットコンテンツ配信の「メディア化」も進展 している。ブログ、SNS(Social Networking Service (Site):イン ターネット上の個人間の交流を支援するサービス(サイト))などCG M(ConsumerGenerated Media:消費者生成型メディア)の発展も著しく、 我が国のメディア構造を変革しつつある。
米国を中心とした諸外国の事業者のサービスがこの変革に関与しているという認 識が必要である。
1頁13行-15行
1.現状認識 (1)日本の情報通信の状況その一方で、インターネットの発展は、違法・有害コンテンツ流通の増 大が社会問題化するという負の側面も示している。
違法・有害コンテンツ流通の増大が社会問題化している、という認識それ自体に は異議はないが、インターネットが全世界に拡大・定着しているのに対して、法 律や価値観は各国や地域によって異なるため、我が国において違法・有害コンテ ンツと評価されるものが発信元によっては必ずしも同様の評価を受けるわけでは ない上、通信のみならず人や資本のグローバルな移動や展開していることにより、 問題への対処が本質的に困難であるという認識が必要である。
2頁12行-29行
1.現状認識(3)融合・連携問題に対する諸外国の状況
ア 米国の動き[節全体]
次節のEUの場合と異なり、違法・有害コンテンツ流通対策について記述がない。
米国では、通信についてはCDAやCOPA(双方とも情報発信を規制するもの) が制定 されたが憲法訴訟において違憲判断が下り、その後CIPA(連邦からの補助金を受け 取る学校や図書館でのフィルタリングを成人利用時以外に義務づけるもの)が制定 されこれが合憲と判断されたに留まったという状況にあることは認識する必要が ある。
また、猥褻表現についての基準が連邦のレベルで我が国より緩いことや、州によっ ては州法での規制がない、あるいは実質的にないことについても認識する必要が ある。
その一方、児童ポルノ関連規制のひとつである、The Child Protection and Obscenity Enforcement Act of 1988、すなわち法典18編(刑法)2257条における "Record keeping requirements"によって、商業的に流通する全ての性的に露骨な 実写コンテンツについて被写体の身元情報の記録義務が適用されるといった独自 の規制があることも、規制のありかたとしては参考になると考えられる。
5頁8行-13行
2. 通信・放送法制の抜本的再編の方向性(2)基本的方向性
イ ネットワークの国際化への先駆的な取組このため、「完全デジタル元年」を目途にした法制においては、諸外国 の融合・連携問題に対する対応動向を踏まえつつ、少なくとも国家とし て利用者保護等の観点から最低限必要と考えられる規律を責任をもって 整備すべきであり、その意味でも我が国の取組を先駆的なものとするこ とが必要である。また、我が国において先導的な対応を進めることが、 イノベーションの促進を通じて我が国全体の国際競争力の強化をもたら すとの視点も重要である。
利用者の利益や必要な保護水準が多様であることを考慮して「最低限の規律」に ついて検討するべきである。本中間まとめの延長での規律形成は、この点で最低 限とはいえないと思われる(具体的には後段に譲る)。先駆的な規制強化は、必 ずしもイノベーションの促進につながらないのではないかと考える。
6頁1行-2行
2. 通信・放送法制の抜本的再編の方向性
(3)具体的枠組み〜レイヤー型法体系への転換・規律の集約化このため、コンテンツ面では社会的影響力に応じてメディアとして最低 限維持すべき規律を課す一方、
「社会的影響力に応じて」の部分に異議がある。中間まとめにおいても具体的に は次章となっているので具体的意見はそこで述べる。
7頁20行-24行
3. コンテンツに関する法体系のあり方(1)基本的な考え方通信コンテンツと憲法上の「表現の自由」との関係では、表現活動の価 値をも勘案した衡量の結果として違法として分類されたコンテンツの流 通は、表現の自由の保障の範囲外であり、規律することに問題はない。 また、有害コンテンツ流通に対する規制も、有害図書に関する青少年保 護条例による認定基準が最高裁で合憲とされていることを踏まえれば、 規律の対象とする余地はあると考えられる。
「表現活動の価値をも勘案した衡量の結果として違法として分類されたコンテン ツ」とは、単に法律で違法とされるに留まらず、裁判における憲法判断において 合憲とされたもの、あるいはそれと同様の類型を指していると考えられ、その意 味では、たしかに憲法上、規律することに問題はない。しかし、憲法上規律する ことが問題ないことと、違法コンテンツとされてきたものを今後も違法と評価し、 排除を強める方向で規律することが政策として有効かどうかは、全く別の問題で ある。有害コンテンツ流通に対する規律についても、これは同様である。
意見2で述べたように、インターネットが全世界に拡大・定着しているのに対して、 法律や価値観は各国や地域によって異なるため、我が国において違法・有害コン テンツと評価されるものが発信元によっては必ずしも同様の評価を受けるわけで はない。従って、単純に排除を強める方向で規律すると、そのようなコンテンツ を提供するサービスは外国法人を発信主体として外国サーバを発信元とするもの に移行するだけであると考えられる。そのような外国サービスはそもそも日本国 内の規律に一切服す必要がない一方で、そのコンテンツは実質的に日本国内で受 容されるので、その増加は、安全・安心の観点からは問題があると考えられる。
そのような事態が、単に過渡期の現象に過ぎず諸外国でも同様の内容の法整備が 行われるということであれば、影響は一時的だが、実際には意見3で述べたように、 米国では表現の自由の保護が厚く、外国サービスの問題は将来に渡って続くと判 断するべきである。
なお、外国サービスへの対応としての受信者に対する一律な制限は「通信の秘密 保護」に抵触し、またそのような制限を中国のようにプラットフォームや伝送イ ンフラを通して実現することは、憲法上のみならず、イノベーション促進の観点 からも不可能なはずである。
従って、公然コンテンツの内容規律にあたっては、違法コンテンツの中でも世界 的に禁止・規律強化の方向を一致してとれると考えられる部分と、実質的に国内 ローカルに過ぎない部分を分けて考え、比較的少数である前者について徹底する 方向で法的、人的、金銭的リソースを配分する一方、後者については、むしろ 一定の制限のもと合法とし、規律に服する国内サービスが優位となる方向で 制度設計する、といったことについて、今後検討するべきである。
8頁15行-17行
3. コンテンツに関する法体系のあり方
(2)メディアコンテンツ規律の再構成「メディアサービス」については、EUと同様に技術中立性を基本とし て、現行放送法制を基軸に、対象をインターネット上の映像配信まで含 め、社会的機能・影響力に重点を置いて、コンテンツ規律を再構成すべ きである。
社会的機能・社会的影響力を直接の規律の根拠とすることに反対する。学説上の 見解としてそれらを重視することにとくに意見はないが、異なる規律を適用する サービス分類上の根拠としてのこれらの文言は問題がある。
社会的機能・社会的影響力は、いくらメルクマールを工夫したところで、必ずし も事業者が完全にコントロールできるものではなく、また特定の形態のサービス 事業について、その発展を人工的に阻害する形でイノベーションを阻害する要因 になると考える。また、将来の予測可能性が下がることは利用者と事業者の双方 にとってマイナスである。
事業者が選択可能な基準を用いることを提案する。例えば、「伝達保証性」といっ たものを検討するべきである。有線の伝送インフラにおいても、多数の利用者に 品質の保証された高画質映像を同時配信しようとすれば、そのような品質保証が 可能な契約は各通信事業者単位で一定の希少性があると考えられる。電波の希少性 と有線インフラの希少性を係数を掛けて合算してスコアリングして分類を決める という考えである。
ベストエフォートの伝送インフラのみを用いる場合は伝達保証性がなく、メディ アサービスとならないこととする。
9頁22行-28行
3. コンテンツに関する法体系のあり方
(2)メディアコンテンツ規律の再構成
イ 「一般メディアサービス」「一般メディアサービス」の具体的な範囲については、現在の衛星放送 (CS)や有線テレビジョン放送とともに、従来「通信コンテンツ」と されていたインターネット上で提供される映像配信サービスの中にも、 専用端末を用いテレビと同様に容易なアクセスを実現するなど、視聴者 からみて現在の放送と同等の機能を有するものが現れつつあることなど を踏まえ、現在の放送に類比可能なコンテンツ配信サービスのうち、事 業性があり、かつ一定の社会的機能・影響力を有するものについて対象 とする方向で検討すべきである。
IP技術一般とインターネット上のサービスは分けて考えるべきであり、インター ネット上のコンテンツサービスは、事業者が自ら望む場合を除いて公然通信に留 め、一般メディアサービスとして規律するべきではない。一般論は意見7に述べた が、それに加えて、一般メディアサービスがいくら緩和しても放送的規律の延長 であることを考えると、一般メディアサービスにおいてCGM/UGCを主体としたサー ビスは許容されえないのではないかと考える。
現時点においては VODサービスではあるが、自動抽出された人気の投稿動画をテ レビのようなチャンネル指定のみの操作で視聴できるサービスや、投稿動画に自 由にコメントをつけて共有できるサービスが既に存在しており、このようなサー ビスの延長で、それを同時配信したり生中継映像としたりすることは発想として は容易である。そのようなサービスが仮に多数の視聴者を得て「影響力」をもつ ことを、提案されているコンテンツサービス分類方法は想定していないように思 われる。高度な CGM/UGC の発展を、放送的規律にはめこむためだけに阻害するよ うなことがあってはならないと考える。
なお、社会的影響力をサービス分類上の根拠とすること維持する場合は、一般メ ディアサービス分類を廃止し、特別メディアサービス以外は全て公然通信とする 代案もあわせて提案しておく。
10頁20行-25行
3. コンテンツに関する法体系のあり方
(3)「公然通信」具体的には、「公然通信」に係るコンテンツ流通に関して、各種ガイド ラインやモデル約款等が策定・運用されていることを踏まえ、違法・有 害コンテンツ流通に係る最低限の配慮事項として、関係者全般が遵守す べき「共通ルール」の基本部分を規定し、ISPや業界団体による削除 やレイティング設定等の対応指針を作成する際の法的根拠とすべきであ る。「プロバイダ責任制限法」などICT利用環境整備関係法制度につ いても、可能な限り一元化すべきである。
この部分については、コンテンツの中身について規律しようとしているのか、対 処の手続きについて必要な事項を規律しようとしているのか、明確でないと思わ れる。
違法コンテンツにかかる手続き部分の法整備の必要性については、(財)インター ネット協会が警察庁からの受託事業として実施しているインターネットホットラ インにおいて、違法情報と判断され警察に通報の後で行われるサービス事業者へ の削除依頼において、必ずしも全ての事業者が応じているわけではないことにつ いて、通報経験から実感しており、理解する(インターネットホットラインには 法的裏付けがなく、一方で警察がサービス事業者を捜索・摘発などするケースは 実際には限定されていて、時間もかかるのだと思われる)。
ただし、その具体内容については慎重な検討が必要だと考える。行政委員会の設 置を検討する必要があるようにも思われる。
また、有害コンテンツ流通関連については、「関係者全般が遵守すべき」法的根 拠を伴ったルールの必要性は疑問である。商業的なコンテンツのみを対象とすれ ば十分であり、それは現行の風適法の風俗特殊営業の事業者ぐらいでよいのでは ないかと考える(風適法の映像送信型性風俗特殊営業を情報通信法に移管するとい う方向性を排除するものではない)。一般には自主規制とし、有害コンテンツを情 報発信する表現の自由を尊重するべきである。
「プロバイダ責任制限法」は、紛争解決を軽量化するために ADRを整備するべき。 正規の裁判でないADRにおいては、発信者情報をADR機関に留めておき、申立人に 発信者情報を取得させずに調停し、その一方で ADR への申立ての敷居は現状の 発信者情報開示よりも敷居を下げることを提案する。また、適切な情報発信停止 措置によっても刑事責任を逃れないのではないかという批判があるので、一元化 にあわせて事業者が適切な免責を得られているか見直すべきである。
そのほか、「最低限の規律」として明示されていないが、情報発信者を偽らない ということを導入するべきではないかと考える。ここでいう「情報発信者を偽る」 というのは、コンテンツの中身としてのパロディなど表現の自由の範囲と考えら れるものではなく、技術的には通信コンテンツではあるものの、人間との間では コンテンツとは認識されているものではない、例えばWebブラウザにおけるアドレ スバー表示をスクリプトによって虚偽内容へ書き換える、といったものである。 フィッシングサイトやワンクリック詐欺サイトといったものを直接的に規制可能 にすることが目的である。
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3. コンテンツに関する法体系のあり方
(3)「公然通信」その際、特に有害コンテンツ流通について、「自殺の方法」や「爆弾の 作り方」、「ポルノ」など、違法とは必ずしも分類し難い情報ではある が、青少年など特定利用者層に対する関係では一定の規制の必要性があ るものに関しては、有害図書防止条例などの手法を参考にしつつ、いわ ゆる「ゾーニング」規制(特定の行為等に対して一定のゾーン(範囲や 利用方法)に限り規制することを許容する規律手法)を導入することに より、広汎な内容規制の適用を回避しつつコンテンツ流通の健全性を確 保することが可能となるため、その導入の適否を検討する必要がある。
青少年に対する有害コンテンツについては、情報発信そのものを抑止することは 表現の自由の見地から好ましくないので、ゾーニングは情報発信そのものの抑止 よりも望ましい。しかし、現行のCS放送などの成人向け番組で取られているよう な、年齢証明書を提出したユーザに対してのみ有害コンテンツ発信を許容しその 他を禁止するようなゾーニングもまた、公然通信コンテンツの発信者の多様性や ユーザ生成コンテンツの広がりを背景に考えれば、広範な情報発信の抑制につな がり、好ましくない。なお、一定年齢未満であることを識別する方向のゾーニン グも理論的にはありうるが、現実的ではなく、また悪意の情報発信者が青少年と いう弱者を識別しうることが望ましくないのは自明である。
ただし、受信者側での対処を広く行い易くすることは、表現の自由への侵害性は 比較的低いので、その意味ではセルフレイティングの推進をゾーニング規制とし て持ち出すのは許容されると考える。このような目的でのメタデータの書式とし ては、W3C標準のPICSが広く知られており、またこれをより現代的に RDFに置き換 えることもICRA(以前はthe Internet Content Rating Association。現在はthe Family Online Safety Instituteの一部)などで行われている。また、格付けの基 準については、例えば、(財)インターネット協会の策定したSafetyOnline3 は候 補の一つと考えられ、あるいは国際的な動向の中ではICRAの基準が有力な候補で あると考えられる。
ただし、セルフレイティングは全ての情報発信者に対する広範な義務付けは必要 ない。
平成十一年国家公安委員会告示第四号「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に 関する法律施行規則第三十六条の二第二項の規定に基づき、十八歳未満の者が店 舗型性風俗特殊営業の営業所に立ち入ってはならない旨を表示するものとして国 家公安委員会が定める標示を定める件」で規定する標示、いわゆる18禁マークに 準じたロゴ画像を多くの成人向けWebサイトではサイトの入口に表示している。こ の種のロゴは風俗特殊営業の業者のサイトに限定されず、広く用いられている。
このような状況を踏まえれば、例えば映像送信型性風俗特殊営業に対して格付け 用メタデータの使用を義務づけて、その他は適切かつ簡便な方法でこのようなメ タデータを付与が可能になるような技術的手段の提供と啓発活動により、格付け 用メタデータ付与は現状に比べて顕著にすすむのではないかと考える。
また、意見6.で一般論として述べたが、権利侵害のない違法コンテンツ、端的に は刑法175条にかかる猥褻図画について、セルフレイティングを条件に許可すると いう規制緩和の方向でゾーニング規制を適用することも検討するべきである(ゾー ニングとは直接の関係はないが、米国のような記録保持義務を併せて実施するべ きだとも考える)。
なお、本中間まとめにおける有害コンテンツは、性風俗特殊営業にかかるような 性的なものにとどまらず、より広範なものが検討されているとも考えられるが、 「格付け用メタデータの付与」が一部の分野であれ義務付けられれば、他の分 野については自主規制の範疇でも普及させることは十分に可能だと考える。
標準に基づいた格付け用メタデータが付与されていれば、学校等、未成年者が利 用する端末についてはフィルタリングソフトやフィルタリングサービスによる対 処は容易である。 なお、フィルタリングソフトの選択や設定については、技術 的限界があることや、既存のフィルタリングソフトやサービスが社会通念上の 「有害」を越えて過剰なフィルタリングを行うケースが少なくない(例えば、NTT ドコモの携帯電話向けフィルタリングサービスでは、国会における主要政党全て のWebサイトはアクセス制限される)ことを考慮して、あくまでも教育機関や親権 者が決定するとし、特に家庭内での利用や携帯電話については、フィルタリング の使用を義務づけてはならないと考える。
「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 中間取りまとめ」に対する意見募集の締切が迫っていて、これはかなり問題がある内容なので是非とも意見を送りたいのだが、結構大変なのでまだできてない。とりあえずとりかからないとできあがらないので、草稿というかメモを以下に書いてみる。パブリックコメントの形式にはまだ落としてない。
2「抜本的再編の方向性」の(3)でレイヤー型法体系への転換を唱っていること、それ自体はok。ただし、コンテンツ面で「社会的影響力に応じて」とあるところはツッコミどころ。後節の具体論の中で意見を述べるので、それと整合性をとる内容にする。
3 コンテンツに関する法体系のあり方(1)基本的な考え方。ここで、違法コンテンツの流通を規制することに問題はないとし、有害コンテンツ流通について「規制の対象とする余地はあると考えられる」としている点はツッコミどころ。最高裁判断で合憲とされたという事実は、必ずしも政策としてスジがいいということを意味するわけではない。インターネットの通信の越境性を鑑みれば、規制の強化は、サービス提供者が国内に逃げるだけであって、むしろ規律できなくなる、という逆理を生む可能性が高い。ひろゆきの『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』でも言及されている問題(まだ読んでないけどね)。国際的に重要度の高いものだけをきっちりやって、あとはむしろ、現状「違法」でも立法的に規制を緩和・撤廃するぐらいのノリが必要。
3(2)メディアコンテンツ規律の再構成。社会的機能・影響力による分類と規律。これは、スジが悪い。現行の「放送」、とくにCS放送やCATVなどからみれば明確に規制緩和だけれども、「通信」寄りからみれば、規制強化。なぜって、事業が育って「影響力」が増せば規制されかねない、ということだから。
まぁ、いかにも「従来的放送をただ通信回線で運んでます」というのを、大勢が見るようになったら放送っぽい規律、というは、事業者にとっても対応可能だろうし、また自然に思われるかもしれない。 しかし、ネットのサービスというのは、もっと「放送っぽいけど放送になりえない」ものが少なからずあるわけで。例えば、Rimoや、ニコニコ動画のような、ユーザ生成コンテンツをベースとしたサービスの延長を考えてみよう。Rimoはいかにもテレビっぽく観ることができるし、ニコニコ動画はユーザが自由きままにコメントをつけている。これらのサービスは、それ自体は、蓄積された動画(を主体とするデータ)を個々のユーザの求めに応じて配信しているVODサービスの一種とも言え、この研究会案でも、放送的規制のかかる「一般メディアサービス」に該当するという話ではないようだ。ただ、発展系で考えた場合、それぞれ、配信が購読ユーザへのマルチキャスト的な同時配信であってはいけない理由もないし、生中継コンテンツであっていけない理由もない。さて、そういうサービスが、いくら緩和するとはいえ「放送的」な規律のもとにありうるだろうか、というと、私にはそうは思えない。例えば、ニコニコ動画で野党党首の喋りにコメントをつける企画があって、結局まずいコメントを削除するツールのバグとやらでコメント可能な期間は短かったようだが、「まずいコメントがついたら削除」というのは、(現行の)通信的規律ではokであっても、あれがもし(現行の)放送的規律であれば、当の出演者の意向にかかわらず放送事故続出、という扱いではないだろうか。しかも、両サービスとも、マッシュアップのサービスだ(ニコニコ動画は自前の配信サーバもあるとはいえ)。本質的に、サービス事業者が内容をコントロールし切れるものではない。こういうものが(法令で定める)「影響力」をある程度以上持つ事態になったらどうするのだろう?「法令違反だ」といって潰すのだろうか?それとも、人為的にユーザ数を抑制させるなどするのだろうか?
少なくとも、現行の放送事業なり通信事業というのは、事業者がその領域の事業を行う明確な意思があって、それぞれ行われているんであって、「特別メディアサービス」「一般メディアサービス」「公然通信」と、異なる規律を適用しようという分類について、「社会的影響力」という、どう指標を定めたところで、恣意的、あいまいにならざるをえず、事業者としてもコントロールし難い要素をもつものになってしまうのはまずいだろう。3分類を維持するにしても、「社会的影響力」という言葉は外すべきだと思う。代案としては、例えば「伝達保証性」という言葉はどうだろう?現行の放送の規制根拠は、電波の希少性だ。有線のブロードバンド通信でも、ベストエフォートではない、一定品質を伝送サービスによって保証された映像を広帯域で同時に配信しようと思えば、それは伝送サービス網にとって負荷がかかるし、その数はそれなりに限定されるはずだ。つまり、電波ほどではないし、伝送サービス事業者の投資によってパイが拡大しうるにしても、ある程度の希少性はあるように思う。そういう部分をとらえてスコアリングして根拠にするほうがいいと思う。こういうふうにしておくと、通常のインターネットのみを使ってサービス提供する事業は、メディアサービスにならずにすむ。あとは、メディアサービスに特有の特権(著作権法上の放送に与えられているものがまずは想像されるだろう)を求める事業者が任意にメディアサービスとなろうとすることは認めれば、副作用はないと思う。
(3)「公然通信」。さて、表現規制反対の立場から多くの懸念があがっているところだ。これ、結構な曲者で、そもそもこの中間取りまとめ全体は「枠組」の議論をしているもので、「どの程度の規制」ということは、あまり中心的な議題ではない。レイヤー型法体系の導入そのものはいろいろ利点もあるわけで、「表現規制」を理由に枠組自体を叩くというのは、「枠組」に利益を見出す人達と反目する状況になりかねない。この項目についていえば、「必要最小限の規律」がまったくもって何がどう必要最小限なのか明確でないのが問題。内容規制をしたいみたいなことが書いてあるけれども、内容中立的に、例えば「サイト運営者を(誤解される形で)騙るのを明示的に禁止する」(これは匿名規制とは別の概念)といった方向でフィッシングサイトなどを直接に規制するようなものを主体とする考え方もあるだろうし。
私としては、ここではまず、「ゾーニング規制」が発信規制にならないことの明確化を求めるべきだと思う。つまり、成人であることを証明していないユーザに対して「有害」コンテンツの発信を禁じる、といった方向になってはまずい、ということ。裏返すと、フィルタリングのためのセルフレイティングを推す方向になってしまうのだけれども。これを、全てのコンテンツ・サイトに義務付けるのは問題だけれども、例えば、風適法の映像送信型性風俗特殊営業に該当する業者にだけ義務付ける、というのは既存の秩序から特に厳しくなるものではないと思う。あとは自主規制で、18禁マークのように広がるのを期待しなさいという感じ。あと、「有害」について情報発信規制や抑制を求める感じのところは全部ケチつけるかな。その上で、さらにアグレッシブに主張するとすると、どうせ法律を見直すなら、刑法175条(猥褻図画)の削除か、通信への適用除外を実施して、ゾーニングのみでの対処にしろという感じかな。単なる規制緩和じゃもちろんスルーされるので、海外からの日本向けサービスを規律無しに行われるよりはましだ、ということと、児童ポルノの排除にリソースを集中するべき、というのとの組み合わせかな。根本に返ると、「違法」というのを何の区別もしていないのがまずいんで、権利や尊厳の侵害と、単に社会的法益に過ぎないものとを分けて、後者は通信がグローバル化してるなかでもうどうでもいいということにしないと成り立たないよというのをどっかに書くのかな。そのかわり、前者(ものによって民事・刑事の片方ないし両方)をどうちゃんと対処するのかという方向にリソース注ごうよということで。
4. 以降は、考えるべき点があるけど、私の主要な関心ではないということでとりあえずはここまでの内容をまとめ直す予定。
高木さんの日記で、無線LANアクセスポイントと位置情報を結びつけるサービスによるプライバシー問題、というのが扱われていた。家庭内無線LANアクセスポイントと精度の高い位置情報の組が個々の家庭の同意無く収集されることについての問題だ。ここで高木さんは
「MACアドレスは個人を特定するものではない」と言えるだろうか?もし、別のネットサービスで、何らかの目的で家庭の無線LANのMACアドレスを登録して使うサービスが始まったとする。そのサービスもまた、「MACアドレスから個人が特定されることはありません」と主張するだろう。このとき、PlaceEngineとこのサービスの両者が存在することによって、わからないはずの住所が特定されてしまう事態が起きてくる。
PlaceEngineのプライバシー懸念を考える
と述べている。高木さんの論考で、おそらくここは、「あくまでも仮定に過ぎない」という話になりかねず、また「別のネットサービス」について、その現実性についてネガティブな評価をされるのではないか、と思った。そこで、この部分についていろいろ想像をめぐらしてみて、若干違う想定ながら、この高木さんの懸念が現実化しうる状況について具体的に思い描くに至ったのでここで書いてみる。
今、多くの人が家庭で利用しているインターネット環境はIPv4だけれども、いよいよIPv4のアドレスがあと数年で枯渇するぞ、という話が割り当て機関を中心としたインターネット運用者のコミュニティの中で起きている。JPNICとかの割り当て機関での枯渇とISPレベルでの枯渇は時期がずれるとはいえ、2011年ぐらいには IPv6 のほうへの切り替えが進行している状況、という予測のようだ。現状では商用のIPv6接続サービスはごく一部で、とくに家庭用となるとかなり限定されているけれども、それがいよいよ変わる、ということ。現状ではIPv6というとISP閉域網やNTT地域会社のフレッツ閉域網を使った動画ストリーミングサービスやIP電話サービスでのIPv6利用がある程度なので、家庭用のブロードバンドルータではIPv6対応のものは少なく、ほとんどがそのような閉域網サービスにAV機器などを接続するためのIPv6ブリッジ機能のみを持っている、という状況で、こと無線LANアクセスポイントの機能を持つ家庭用ブロードバンドルータでIPv6をルーティングする機能を持つものとなると、ヤマハのかなり前に販売終了しているものか、アップルのAirMacシリーズぐらいだろうが、それも変わることだろう。ここでは、そういう状況を仮定している。
IPv6では機器の個々のネットワークインターフェースは、リンクローカルというローカルなネットワークだけで有効なアドレスと、あとはグローバルアドレスを持つことになる。アドレスの上位64ビットがネットワークを表現していて(network ID)、下位64ビットはInterface IDと呼ばれていて、IEEE EUI-64という形式になっている。ここは、MACアドレスがあるようなネットワークではそれを使ったIDとなる。衝突検出と回避のためのプロトコルは必ず使われるのだけれども、基本的にはそのまま。こうすることで、ネットワーク設定でDHCPサーバを用意する必要がなくなっている。
IPv6の世界では、従来のような契約に対してIPアドレス一つを割り当てるようなサービスは想定されていない。ネットワークが単位となっていて、基本的に上位48ビットを割り当てるという話になっている。個々の組織で多数のサブネットを容易に作ることができてNATが要らない世界を前提としている。ただ、小規模なネットワークしかないという前提のもとに64ビット単位で割り当てていくということも許容されていて、OCN IPv6などは固定64ビット1つと動的64ビット1つ、という割り当てを行うようだ。現在、家庭で動的IPアドレス1つの割り当てを受けているような需要の移行は、こういったサービス形態のほうが自然だとも言えるだろう。
一方、家庭での無線LAN環境利用のほうは、というと、最近はどんどんと無線LANの高速化がすすんでいる。こうした状況を踏まえると、家庭内のライトユーザがネット利用にブロードバンドルータからデスクトップパソコンまで床にネットワークケーブルを這わせて固定し、といったことをあえてせず、デスクトップパソコンであれ、ノートパソコンであれ、ネットワークは無線LANで済ませて有線LANは利用しない、という環境もかなり一般的なものになる、という想像も、あながち非現実的とも言えないだろう。
ここで、無線LANルータとISPの間の設定がどうなるか、というのが今回の話に関係するのだけれども、現在のIPv4の世界で複数のIPアドレス割り当てを受けるサービスを利用するさいにごく普通の、 unnumberedというPoint to Pointのリンクにアドレスを割り当てない設定と同様の unnumberedというのもありうるし、また、IPv6 として通常のネットワークに見えるようにリンクローカルアドレスをユーザ側とISP 側でともに割り当てるのだけれども、グローバルアドレスはあえて割り当てない、という設定もありうる。いずれにせよ、ISPルータのポートと家庭内ルータの入口の両端にグローバルなアドレスを割り当てない、という方法は可能で、実際そういう商用サービスもあるようだ。もちろん、グローバルなアドレスを割り当ててもいいのだけれども、ここではそうでないケースがそれなりに多い、と仮定する。
こういった場合に、その無線LANアクセスルータがどういうグローバルアドレスを持つかというと、ISPから割り当てられたネットワークIDとローカルなinterface IDの組み合わせになる。そのうちの一つは、ネットワークIDと無線LANのアクセスポイントとしてのMACアドレスの組み合わせとなっている。 その上で、有線LANのポートを持っていなかったり、あるいは持っていてもIPv6用に使用していない、という状況を仮定すると、それが唯一のグローバルアドレスであるという状況になる。
次に、こういうアドレスをどう収集するか、という観点から。IPv4の世界では traceroute というアプリケーションが有名だけれども、同様の traceroute6 というアプリケーションがあって、送信パケットの hop limit値を変化させて、経路の途中で ICMPv6 Time Exceeded メッセージを発生させることで経路情報を収集できる。これと同じ仕組を使えば、「ネットワークIDと無線LANアクセスポイントのMACアドレスの組み合わせの候補」の収集は可能だろう。どこかのWebサーバにアクセスしてきたアドレスを対象としてもいいし、あるいはISPのサービス用アドレスブロックを狙ってもいい。集中的なアクセスを行わなければISPのネットワークオペレータの関心をひくようなこともないだろう。何より、この手法では個々の対象アドレスの同意無しで収集できる。収集したアドレス群は「無線LANアクセスポイントのMACアドレス」であることが保証されるわけではないが、「MACアドレスをキーとして位置情報を得る検索」との組み合わせを前提とすれば、単に検索して当たった情報を記録すればいいという話になる。
こういう情報収集が大規模に行われる可能性がどれだけあるか、というと、網羅性が必ずしも高くないと考えると単独でのサービスを前提とした収集は考えづらいけれども、需要は確実にあるのではないかと思う。現在でもIPv4アドレスから国情報やもう少し細かい地域情報を検索するというサービスは存在していて、特定国のみに対してのみ許可されたサービスの運用に利用しているケースもあれば、Web広告での地域絞り込みに利用されているケースもある。とくにWeb広告のようなものでの利用は、細かければ細かいほどデータとしての価値を持つので、他のさまざまな手法との組み合わせのなかで用いられるように思う。
ちなみに、ルータ側でこの問題を回避するのは極めて容易なはずで、まず、IPv6のinterface IDは、MACアドレスから自動生成以外に、手動で付けることができる。ただ、手動で付けると、IPv6の「エンドユーザは設定不要」という利点は失われることになるので、家庭用ルータの販売時のデフォルトとしては厳しいだろう。また、IPv6のプロトコルという観点でいえば、アドレス設定について「プライバシー拡張」が存在していて、乱数を用いる手法が用意されてはいる。ただ、これはIPv6ホストを想定しているので、ルータで単純に利用できるかどうかは(私はそちらは専門ではないので)よく分からないし、また、ルータ製品で実装例があるかどうかも知らない。あとは、ICMPv6 Time Exceededをフィルタして外部に出さないという方法もあるとは思うが、これをデフォルトにするのはそれはそれで問題があるような気がする。家庭で箱から出した時点で対策済となるにはどうしたらいいかは、がんばって誰かが考えてくださいというところか。
追記(6月3日): mixiのあるコミュニティでitojunさんがIPv6 Transition/Co-existence Security Considerationsというインターネットドラフトを本件と関係なく紹介されているのを見たのでそれを見たところ、そもそも無線LANのような信頼できないリンク層の上ではIPv6の標準的なアドレス設定方法では危ないね、ということで、リンク層の保護に加えて、SEcure Neighbor Discovery (SEND, RFC3971)というやや複雑なプロトコルでアドレス設定する方法が出ていた。その枠組だと interface IDはMACアドレスそのままということはない(RFC3972のCryptographically Generated Addressesというのが使われるようだ)ので、この問題は発生しない。ただ、この方法はオプションなので必ずしも実装されるとは限らず(AirMacについては未確認。ヤマハの場合は時期的に実装されていないように思われる)、また、2年前の時点で「このアドレス設定をセキュアにするSEND技術(RFC3971 Secure Neighbor Discovery)も存在するが、利用に関する権利上の問題や、設定が複雑になるといった問題から、普及には至っていない。」と解説されていたものが現状どうなっているのか、近い将来解決するのか、私は情報を持っていない。
前のエントリからは話題を変えて、法規制がらみの話をしてみたい。
以下、長いので要旨を簡単にまとめておくと、
このブログでは、昨年度の11月と1月に、「わいせつ」表現取締りが、もはや、より優先度の高くあるべき問題の解決の邪魔になっているんじゃないか、といいう観点を述べたが、それ以上については深く述べずにおいた。そうこうしているうちに状況が動き、「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」の同人誌や同人誌即売会批判に対しては自主規制の枠組が存在することをアピールする意味をもったシンポジウムが開かれ(報道例)、その一方で、著名なアダルト系の大規模画像掲示板サイトがわいせつ物陳列で検挙される、という事態に至っている。
画像掲示板サイトがらみの動きは、表面的・短期的には規制強化の流れ、ととるのが自然だろう。しかし、話はそう単純ではない。
神奈川新聞の報道などに「別れた恋人の写真や女子中高生の盗撮写真などが大量に投稿・公開され、苦情や削除依頼が絶えなかったという。」とあり、今回の摘発報道では、多くの一般市民や児童のプライバシーや性的尊厳などへの侵害をとりあげて、それを処罰感情に結び付けている。こういう情報はもちろん警察からもたらされているわけで、単なるわいせつ物陳列を問題にしたわけではない、というイメージが作られているわけだ。しかし、それならば、(刑法における)わいせつであろうがなかろうが権利侵害を問題にするべきであって、「わいせつ物」という切り口は、ずれている。
今回の事件をきっかけとして、既存の法秩序を前提として(賛同であれ批判であれ)あれこれ述べる、ということは、すでに弁護士など専門家の間でも行われているけれども、私としては、もう制度が単に現実に対して不適合を起こしているので全面的に改められるべきだ、とあえて主張したい。
言うまでもなく、「わいせつ」というのは個々の社会固有のものとして立てられていて、現実の問題として、日本の基準はアメリカをはじめとした先進諸国のなかでは厳しい部類に属する(厳密にいえば、アメリカやヨーロッパのほうが厳しい部分もあるが、ここでは大雑把な議論としておく)。一方で、ネットはグローバルであり、また人や物もグローバルに動くのが現代であって、日本国内でいくら頑張ったところで、国外からの日本向けの画像・映像配信サイトがあり、また日本国内でもそうそう頑張れずに、アンダーグラウンドのマーケットが出来ているわけだ。もっと頑張る、ということになれば、中国などのような国家レベルでの検閲ファイヤーウォールを設けて個々の通信を検閲し、裏ビデオ業界を絶滅させるべく北朝鮮のような体制を作り上げる、とでもするしかないわけで、そんなことは憲法の制約以前に現実的に不可能だ。
かくして、国内にそれなりに大きな裏の市場が存在し、また国境をまたいだスキ間がそれなりに栄えてしまっているのが現状だろう。ここでまずいのは、結局のところ「わいせつ」が社会の表に出てきて堂々とされたら困るから叩く、という程度の状況のなかで、深刻な人権侵害である(現実の児童を用いた)児童ポルノの市場が裏やグレーの市場のなかにまぎれこんで存続してしまっている、という事象がみられることだ。児童ポルノといっても、幼児を蹂躙するようなものならともかく、16,7歳を被写体にするようなものとなると、外見では成年と区別がつかない。適宜Web検索するといくらでも見付かってしまうのだが、製作者が摘発されてそのほとんどが児童ポルノだと判明しているようなシリーズものについて、児童ポルノ専門のサイトのみならず、一見した限りでは単なる裏ビデオサイト(サイト設置国の基準では、それだけなら合法)の体裁をとっているところで見るからに児童ポルノとわかるものを除いた形で販売しているとしてサムネイル画像やパッケージをWebサイトに掲載しているところは少なからずあるように見える。こういう事態をなくしていくためには、ほとんどの流通を「表」の産業とするほかないだろう。その一方で、「表」からは児童ポルノを確実に排除する仕掛けを導入すれば、「裏」に残るのは児童ポルノ専門業者となり、国際的な摘発が容易になるはずだ。
先に、どう「表」から確実に児童ポルノを排除するか、ということから。これはアメリカの規制が参考になる。アメリカではChild Protection and Obscenity Enforcement Actという連邦法がある。これは合衆国法典では18編(刑法)の2257条に"Record keeping requirements"として置かれている。これは、(実写)ポルノ作品の製作者が(対象行為を行ったりする)出演者について身元を明らかにし撮影時に18歳以上であることを証明する書類を作成し保管することを求めていて、さらにこの記録の保管場所についてパッケージ等に表示し、また司法当局からの記録の検査を受け入れることを求めている。日本でも合法のアダルトビデオを作成しているところでは、児童がモデルとなることを防ぐために同様のチェックは行いその記録もとっている場合が多いと考えられるが、アメリカではそれを法律で強制している。ただ、ここで問題になるのは、「製作者」(producer)とは誰か、ということ。実際の流通では、例えば雑誌などでの紹介やWebサイトへの(初出ではない)掲載などでの部分的な抽出や改変で加工が行われる。これも、「製作」といえば製作と言えてしまう。実際、1988年に作られた最初の法律ではなくて最近改正されたものと、それに基づく連邦行政規則の組み合わせでは、"secondary producer"としてかなり広範な範囲が定義されて、secondary producerは記録をfirst producer(実際にモデルを使って作品を作ったところ)からコピーすることが許される(俳優のサインを自らもらう必要がない、ということ)ほかは、ほぼ同様の義務を課されることになってしまい(俳優の個人情報保護という観点からはかなり無茶で、児童ポルノ撲滅というよりは単にポルノ叩きをしたいというブッシュ政権の政策の反映)、アダルト系業界団体が違憲訴訟を起こしていたりする。また、法律・行政規則上は"secondary producer"は商業的な者のみのはずだけど司法省が今後どうしていくか判らないし、実際、行政規則のWeb関連の部分は法律の定める範囲を越えている、というEFFの批判もある。また、アブグレイブ刑務所での捕虜虐待画像・映像のようなものを報道目的で利用するさいにまでこの法律が適用されるとまずいよ、という批判もEFFは行っている。
そういうわけで、アメリカでの記録保持規制をそのまま日本に移植するのはかなりまずいと思うのだけれども、ポルノの直接の作成者に記録保持義務や表示義務を課す、という規制はかなり有効だと思われるし、それ自体が言論の自由を侵害するとは言い難いだろう。報道目的のものについての免責は、二次的なものであれ、直接の作成(公人や政府等のスキャンダルのスクープ画像・映像がそのような形となる可能性がある)であれ、必要だとは思うけれども。また、二次的な作成者については、元の作成者への「リンク」を保持させるぐらいであれば無茶ではないだろうし、リンクのみであればメタデータとして画像・映像に埋め込んでおけば記録保存は不要として、さらに負担を軽くすることもできるだろう。CGM/UGCがらみでは、運営業者がユーザの個人情報を把握することを条件にして画像・映像を投稿するユーザ個人の住所などを記録保持者として表示しなくて済むようにもできるだろう。運営業者自身ではなくて、ポータルサイトなどがID認証を提供している形も認めるべきだろう。要は、トレースできればいいということ。私は、小倉秀夫弁護士のようにネット上の情報発信全般について一般的な実名登録制度を要求するのには賛成できないのだが、ポルノにあたる実写の画像・映像の被写体の人権保護の利益は(児童ポルノのケース以外の同意無き掲載を含めて)匿名表現の自由を上回ると思う。表現の自由とは何かを考えた場合、(報道目的を除けば)ある画像・映像を表現するのに実在の誰を使うか、というところで、問題のない人だけを使うようにするように制限することは表現の自由を大きく損ねるものではないと思うし、実写を用いずに表現するのであれば、記録保持規制は関係ない、ということになるし。
さて、ここで話を戻して、「裏」をなくす話に。これは簡単で、刑法で「わいせつ図画」を禁止しているのをやめればいい。ただ、単純に削るというのは現実的ではないだろうから、ゾーニング規制への変更ということになるだろう。刑法が作られた大昔ならともかく、現在の生活空間は、青少年条例やそれよりも広範な自主規制で覆われていて、そうそう露骨なポルノをうっかりと見る機会なんかない(同人誌の世界でも自主規制の枠組があって機能しているぞ、というアピールがあったことは前述の通り)から、単に刑法175条のわいせつ物頒布罪を削ったところでそうそう状況は変化しないはずだが、ネット上のものも考慮するとゾーニング規制に変えるぐらいが落としどころになるのだろうな、と思う。
間があいてしまったけど、前のエントリの続きで。インターネット協会からの返事は、結局無かった。ただ、この間にブログの読者から情報提供を頂いた。私が問題を指摘した後で、その方がインターネット協会に問い合わせたところ、次のような回答をもらったそうだ。
それと並行してプレスリリースの密かな修正となったようだ。「整理ミス」。なるほど、彼らにとっては整理ミスであって、説明など要らない、のかもしれない。まして、10年前、つまり「財団法人インターネット協会」となる前の電子ネットワーク協議会時代から彼らの活動を批判し続けてきた私に対しては返答の必要を認めていないのだろう。インターネット協会 レイティング/フィルタリング担当です。 貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございます。 今回プレスリリースいたしましたSafetyOnline3は、 都道府県の青少年健全育成条例等の法令や、他のメディアの 自主規制基準、SafetyOnline2等の既存のレイティング基準 との整合性を考慮しながら策定しておりますが、 ご指摘の点について整理ミスがございましたので、 下記のとおり修正させて頂きました。 インターネット上の有害コンテンツの多様化に対応した 新たな格付け基準SafetyOnline3の策定 http://www.iajapan.org/filtering/press/20070403-press.html (誤)「性交または性行為、SM・同性愛・獣姦・フェチ等の 変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」 ↓ (正)「異性間あるいは同性間の性交または性行為、 変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」 不適切な表現がありましたことを、お詫びいたします。 どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、ではインターネット協会がやったのはどういう「整理ミス」であったか、というのは実は私としては問い合わせる前から分かっている話であったので、解答編、という感じでここに説明してみよう。
そもそも、SafetyOnline3 という新しい格付け基準がどうして長期にわたって検討され、ここに発表されたのか、という、プレスリリースでは触れていない事柄について。以下、事実と推測を交えながら。
電子ネットワーク協議会、インターネット協会と10年にわたって続けられてきたフィルタリングソフト普及活事業は、これまで行われてきたのは、「学校にフィルタリングソフトを導入していく」という環境整備だった。事業の初期の段階からフィルタリングソフトというのはすでにあったけれども、それらは全てアメリカ原産の製品で、「新しいもの」に極端に弱い学校現場において、認知もされておらず、安くもなければ、ブラックリストやカテゴリ付けなどで国内の学校の要求を反映していけるかどうかもよくわからない、というものが、そう簡単に導入されていく状況ではなかった(というか、フィルタリング以前にインターネット自体が警戒され、敬遠された時期が少なからずあった、ということ)。そういう状況で、これまでの事業でのフィルタリングソフト提供や、そのソフトが用いる格付け基準の制定といったものが「パイロット事業」として行われた。事業の性格から、ソフトは無料で提供されてきた。格付け基準の最初のバージョンのSafetyOnlineは、当時あったRSACi という、規制の基準となるカテゴリ複数とその程度を示す数値による自主格付けの基準を真似しつつ、「その他」というなんでも突っ込めるカテゴリを用意していた。次のSafetyOnline2では、格付けされたデータを利用者側でカテゴリごとにどの程度の値にするか、などという難しいことを考えたくない、という要望にこたえたのか、そういう選択の自由を末端管理者であろう教員に与える必要はない、と考えたのか、カテゴリ概念は消滅して、単に「有害の程度」を数値で示す、という、よくわからない基準になった。
SafetyOnline3の検討と制定は、これらとは事情が異なる。ここ数年のブロードバンド化で、学校などでもインターネットはごく当たり前に使われる存在になったし、そういうなかでフィルタリングソフトも国産のものが複数登場し、「ネットの危険」を煽る人々の売り込みの成果として、認知され普及もそこそこ進んできた。そうなると、もう「パイロット事業」としてインターネット協会が自前のフィルタリングソフトを配る理由は(既存ユーザへのサポートという面を除くと)あまりない。問題になるのは、フィルタリングソフトが複数あってそれぞれ異なる、ということ。各社がそれぞれの特徴を出して売り込む、というのはビジネスの都合としてはいいのだろうけれども、「より一層普及させたい」という立場の人達にとっては、各社で格付けの内容や基準が異なるというのはあまり嬉しいことではない。フィルタリングソフトでは、基本的には「どのカテゴリで閲覧ブロックするのか」ということを、ネットワーク責任者(学校においては教員)が考えなければならないが、どの程度の設定が自分のところの児童生徒にとって妥当か、といった判断は、一人で、あるいは一校で下すには結構難しいだろうし、さらに家庭への普及も図りたいとなれば、「そんな自己決定は手に余る」と判断する保護者も少なくないだろう。もちろん、ノウハウ共有の場を作る、ということは可能だが、判断のノウハウが製品ごとに分断されては、情報共有もなかなか難しい。さらに、情報規制を推進したい、という野心をもつ人達にしてみれば、単にフィルタリング利用を18歳未満や未成年に、あるいは公共の場での全ての人々の利用に(実質的に)義務づけようとしたところで、どの程度のフィルタリングを最小限義務づけるかを文書化できなければ規制は絵に描いた餅になってしまうし、その基準はベンダー中立であると同時に、主だったベンダーが実装できていないと意味がない(ただし、ここでいう「野心」は、関係者全てが共有するものかといえば、そういうものでもないことには留意が必要)。SafetyOnline3は、そういった「需要」に応えるべく検討されてきた。そのため、既存の国産のフィルタリング事業者が検討作業に参加して、各ベンダー