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何故インターネット協会は間違えたのか

2007/05/25

Permalink 06:54:26, by Nobuo Sakiyama Email , 137 words   Japanese (JP)
Categories: 検閲, 言論・表現の自由

何故インターネット協会は間違えたのか

間があいてしまったけど、前のエントリの続きで。インターネット協会からの返事は、結局無かった。ただ、この間にブログの読者から情報提供を頂いた。私が問題を指摘した後で、その方がインターネット協会に問い合わせたところ、次のような回答をもらったそうだ。

インターネット協会 レイティング/フィルタリング担当です。

貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございます。

今回プレスリリースいたしましたSafetyOnline3は、
都道府県の青少年健全育成条例等の法令や、他のメディアの
自主規制基準、SafetyOnline2等の既存のレイティング基準
との整合性を考慮しながら策定しておりますが、
ご指摘の点について整理ミスがございましたので、
下記のとおり修正させて頂きました。

インターネット上の有害コンテンツの多様化に対応した
新たな格付け基準SafetyOnline3の策定
http://www.iajapan.org/filtering/press/20070403-press.html

(誤)「性交または性行為、SM・同性愛・獣姦・フェチ等の
    変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」
          ↓
(正)「異性間あるいは同性間の性交または性行為、
    変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」

不適切な表現がありましたことを、お詫びいたします。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
それと並行してプレスリリースの密かな修正となったようだ。「整理ミス」。なるほど、彼らにとっては整理ミスであって、説明など要らない、のかもしれない。まして、10年前、つまり「財団法人インターネット協会」となる前の電子ネットワーク協議会時代から彼らの活動を批判し続けてきた私に対しては返答の必要を認めていないのだろう。

さて、ではインターネット協会がやったのはどういう「整理ミス」であったか、というのは実は私としては問い合わせる前から分かっている話であったので、解答編、という感じでここに説明してみよう。

そもそも、SafetyOnline3 という新しい格付け基準がどうして長期にわたって検討され、ここに発表されたのか、という、プレスリリースでは触れていない事柄について。以下、事実と推測を交えながら。

電子ネットワーク協議会、インターネット協会と10年にわたって続けられてきたフィルタリングソフト普及活事業は、これまで行われてきたのは、「学校にフィルタリングソフトを導入していく」という環境整備だった。事業の初期の段階からフィルタリングソフトというのはすでにあったけれども、それらは全てアメリカ原産の製品で、「新しいもの」に極端に弱い学校現場において、認知もされておらず、安くもなければ、ブラックリストやカテゴリ付けなどで国内の学校の要求を反映していけるかどうかもよくわからない、というものが、そう簡単に導入されていく状況ではなかった(というか、フィルタリング以前にインターネット自体が警戒され、敬遠された時期が少なからずあった、ということ)。そういう状況で、これまでの事業でのフィルタリングソフト提供や、そのソフトが用いる格付け基準の制定といったものが「パイロット事業」として行われた。事業の性格から、ソフトは無料で提供されてきた。格付け基準の最初のバージョンのSafetyOnlineは、当時あったRSACi という、規制の基準となるカテゴリ複数とその程度を示す数値による自主格付けの基準を真似しつつ、「その他」というなんでも突っ込めるカテゴリを用意していた。次のSafetyOnline2では、格付けされたデータを利用者側でカテゴリごとにどの程度の値にするか、などという難しいことを考えたくない、という要望にこたえたのか、そういう選択の自由を末端管理者であろう教員に与える必要はない、と考えたのか、カテゴリ概念は消滅して、単に「有害の程度」を数値で示す、という、よくわからない基準になった。

SafetyOnline3の検討と制定は、これらとは事情が異なる。ここ数年のブロードバンド化で、学校などでもインターネットはごく当たり前に使われる存在になったし、そういうなかでフィルタリングソフトも国産のものが複数登場し、「ネットの危険」を煽る人々の売り込みの成果として、認知され普及もそこそこ進んできた。そうなると、もう「パイロット事業」としてインターネット協会が自前のフィルタリングソフトを配る理由は(既存ユーザへのサポートという面を除くと)あまりない。問題になるのは、フィルタリングソフトが複数あってそれぞれ異なる、ということ。各社がそれぞれの特徴を出して売り込む、というのはビジネスの都合としてはいいのだろうけれども、「より一層普及させたい」という立場の人達にとっては、各社で格付けの内容や基準が異なるというのはあまり嬉しいことではない。フィルタリングソフトでは、基本的には「どのカテゴリで閲覧ブロックするのか」ということを、ネットワーク責任者(学校においては教員)が考えなければならないが、どの程度の設定が自分のところの児童生徒にとって妥当か、といった判断は、一人で、あるいは一校で下すには結構難しいだろうし、さらに家庭への普及も図りたいとなれば、「そんな自己決定は手に余る」と判断する保護者も少なくないだろう。もちろん、ノウハウ共有の場を作る、ということは可能だが、判断のノウハウが製品ごとに分断されては、情報共有もなかなか難しい。さらに、情報規制を推進したい、という野心をもつ人達にしてみれば、単にフィルタリング利用を18歳未満や未成年に、あるいは公共の場での全ての人々の利用に(実質的に)義務づけようとしたところで、どの程度のフィルタリングを最小限義務づけるかを文書化できなければ規制は絵に描いた餅になってしまうし、その基準はベンダー中立であると同時に、主だったベンダーが実装できていないと意味がない(ただし、ここでいう「野心」は、関係者全てが共有するものかといえば、そういうものでもないことには留意が必要)。SafetyOnline3は、そういった「需要」に応えるべく検討されてきた。そのため、既存の国産のフィルタリング事業者が検討作業に参加して、各ベンダーのカテゴリ(現行バージョンとは限らないが)とマッピングできるようにカテゴリ分けの内容は定められているし、単なる利便性を求めたデフォルト、というよりも強い年齢区分によって排除カテゴリを選択するようにしている。策定方針で「個人の思想・信条・宗教に係るものは含めない」とし、「反社会的な集団やカルト集団」を格付け対象にしたいという千葉学芸高等学校校長の高橋邦夫委員の意見を基本的に却下しているのも、公的規制への利用を見据えた動きだろう(最終的には差別や犯罪行為にかかる部分について既存カテゴリで対応ということになっている)。ここまでの説明は、インターネット協会から私にメールをくれたブログ読者への簡単な事情説明と整合性がとれていると思う。

ここで当初の問題に戻ると、「SM・同性愛・獣姦・フェチ等の変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」というフレーズが、いったいどこの基準からやってきたのか、ということになる。簡単に調べた範囲では、国内の青少年条例では問題になるような基準は無かった。過去に大阪府の条例について同性愛者団体が抗議をしたようなことがあったようだけれども、それはあくまで過去の話であって、現行のものでは同性愛差別表現と受け取れる内容ではなかった。国内の自主規制でみつけることができたのは、「コンピュータソフトウェア倫理機構 倫理規程」の中の「18才未満者への販売禁止ソフト作品の判断基準」の次の部分ぐらい。

  1. 性的表現について
    (中略)
    • 凌辱・輪姦または性的拷問等、性的暴力の加重を興味本意に描いた表現を含むもの。
    • 異常性愛のうち、SMおよび同性愛などを詳細・興味本意に扱ったもの。
    (後略)
コンピュータソフトウェア倫理機構 倫理規程

ここでの同性愛の扱いはこれはこれで問題があるが、しかし、インターネット協会の基準とはいろいろな意味で異なる。だから、これではない。「SM・同性愛・獣姦・フェチ等の変態性欲に基づく性行為、乱交等の背徳的な性行為」の起源は、先に結論を言えばアメリカのフィルタリングソフトの旧バージョンのカテゴリだ。

2001年にMarjorie HeinsとChistina Cho によって書かれた、INTERNET FILTERS: A PUBLIC POLICY REPORTというレポートがある。これはアメリカでのCIPA違憲訴訟がらみでフィルタリングソフトの問題点をまとめるという方向で作られたサーベイ報告書だ。レポートそのものは2006年に更新されたものが出ているが、今回はこの古いバージョンのAPPENDIX Bとしてまとめられている各フィルタリングソフトのブロックカテゴリを参照する。ここには当時の、あるいは当時の時点でも古いバージョンのフィルタリングソフトのブロックカテゴリがまとめられている。そのなかに、"WebSENSE: Pre-Version 4.0 Blocking Categories"として、次のようなものが書かれている。

  • Sex 1: sites depicting "[h]eterosexual activity involving one or two persons, hard-core adult humor and literature. Sexually explicit language describing acts that would fit into this category are also categorized here";
  • Sex 2: sites depicting "[h]eterosexual acts involving more than two people, homosexual and bisexual acts, orgies, swinging, bestiality, sadism/masochism, child pornography, fetishes and related hardcore adult humor and literature. Sexually explicit language describing acts that would fit into this category are also categorized here";
WebSENSE: Pre-Version 4.0 Blocking Categories, INTERNET FILTERS: A PUBLIC POLICY REPORT: APPENDIX B

この区分をそのまま併合する形で、インターネット協会の資料は「整理」された、というミスがあったわけだ。

なぜ、そんなことが起きたのか、というと、事実は簡単で、主要な国産フィルタリングソフトのデータベースのベンダーで、インターネット協会の新格付け基準取りまとめにも参加しているネットスターのフィルタリングカテゴリは、このWebSENSEの子孫だからだ。どういうことかといえば、現在はネットスターの事業となっているこのフィルタリングソフト用のデータベースの維持は、もともとはネットスターの親会社のひとつのアルプスシステムインテグレーション(ALSI)の事業で、ALSIのフィルタリングソフト事業への参入は、WebSENSEの代理店となって、WebSENSE用に日本語Webサイトをフィルタリングするためのデータベースを作成したことに始まった、という事情がある。ALSIはその後WebSENSEとの契約を解消して独自のフィルタリングソフトの販売を開始しているが、そのときのデータベースは、基本的にWebSENSEのためにALSIが作成したもので、カテゴリも同一のものだった(当然におこるであろう両社の間の知的財産に関する扱いの問題は、両社の間で解決されている限りにおいて私や一般の人がとくに考える必要はないだろう)。現在はWebSENSEもネットスターも、それぞれ独自にカテゴリを拡充したり併合したりしたので、両者のカテゴリは異なるものになっている。ただ、積み上げてきたデータの一貫性を考えれば、併合されたカテゴリについても内部的には過去の基準をそのまま維持していると考えられ、それがインターネット協会に提供されたのだろう。

ではなぜWebSENSEはそのようなカテゴリ分けをしたのか、といったことについての推測などをやっていくと長くなりすぎるのでとりあえずこの記事はここで終わりにします。