「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 中間取りまとめ」に対する意見募集の締切が迫っていて、これはかなり問題がある内容なので是非とも意見を送りたいのだが、結構大変なのでまだできてない。とりあえずとりかからないとできあがらないので、草稿というかメモを以下に書いてみる。パブリックコメントの形式にはまだ落としてない。
2「抜本的再編の方向性」の(3)でレイヤー型法体系への転換を唱っていること、それ自体はok。ただし、コンテンツ面で「社会的影響力に応じて」とあるところはツッコミどころ。後節の具体論の中で意見を述べるので、それと整合性をとる内容にする。
3 コンテンツに関する法体系のあり方(1)基本的な考え方。ここで、違法コンテンツの流通を規制することに問題はないとし、有害コンテンツ流通について「規制の対象とする余地はあると考えられる」としている点はツッコミどころ。最高裁判断で合憲とされたという事実は、必ずしも政策としてスジがいいということを意味するわけではない。インターネットの通信の越境性を鑑みれば、規制の強化は、サービス提供者が国内に逃げるだけであって、むしろ規律できなくなる、という逆理を生む可能性が高い。ひろゆきの『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』でも言及されている問題(まだ読んでないけどね)。国際的に重要度の高いものだけをきっちりやって、あとはむしろ、現状「違法」でも立法的に規制を緩和・撤廃するぐらいのノリが必要。
3(2)メディアコンテンツ規律の再構成。社会的機能・影響力による分類と規律。これは、スジが悪い。現行の「放送」、とくにCS放送やCATVなどからみれば明確に規制緩和だけれども、「通信」寄りからみれば、規制強化。なぜって、事業が育って「影響力」が増せば規制されかねない、ということだから。
まぁ、いかにも「従来的放送をただ通信回線で運んでます」というのを、大勢が見るようになったら放送っぽい規律、というは、事業者にとっても対応可能だろうし、また自然に思われるかもしれない。 しかし、ネットのサービスというのは、もっと「放送っぽいけど放送になりえない」ものが少なからずあるわけで。例えば、Rimoや、ニコニコ動画のような、ユーザ生成コンテンツをベースとしたサービスの延長を考えてみよう。Rimoはいかにもテレビっぽく観ることができるし、ニコニコ動画はユーザが自由きままにコメントをつけている。これらのサービスは、それ自体は、蓄積された動画(を主体とするデータ)を個々のユーザの求めに応じて配信しているVODサービスの一種とも言え、この研究会案でも、放送的規制のかかる「一般メディアサービス」に該当するという話ではないようだ。ただ、発展系で考えた場合、それぞれ、配信が購読ユーザへのマルチキャスト的な同時配信であってはいけない理由もないし、生中継コンテンツであっていけない理由もない。さて、そういうサービスが、いくら緩和するとはいえ「放送的」な規律のもとにありうるだろうか、というと、私にはそうは思えない。例えば、ニコニコ動画で野党党首の喋りにコメントをつける企画があって、結局まずいコメントを削除するツールのバグとやらでコメント可能な期間は短かったようだが、「まずいコメントがついたら削除」というのは、(現行の)通信的規律ではokであっても、あれがもし(現行の)放送的規律であれば、当の出演者の意向にかかわらず放送事故続出、という扱いではないだろうか。しかも、両サービスとも、マッシュアップのサービスだ(ニコニコ動画は自前の配信サーバもあるとはいえ)。本質的に、サービス事業者が内容をコントロールし切れるものではない。こういうものが(法令で定める)「影響力」をある程度以上持つ事態になったらどうするのだろう?「法令違反だ」といって潰すのだろうか?それとも、人為的にユーザ数を抑制させるなどするのだろうか?
少なくとも、現行の放送事業なり通信事業というのは、事業者がその領域の事業を行う明確な意思があって、それぞれ行われているんであって、「特別メディアサービス」「一般メディアサービス」「公然通信」と、異なる規律を適用しようという分類について、「社会的影響力」という、どう指標を定めたところで、恣意的、あいまいにならざるをえず、事業者としてもコントロールし難い要素をもつものになってしまうのはまずいだろう。3分類を維持するにしても、「社会的影響力」という言葉は外すべきだと思う。代案としては、例えば「伝達保証性」という言葉はどうだろう?現行の放送の規制根拠は、電波の希少性だ。有線のブロードバンド通信でも、ベストエフォートではない、一定品質を伝送サービスによって保証された映像を広帯域で同時に配信しようと思えば、それは伝送サービス網にとって負荷がかかるし、その数はそれなりに限定されるはずだ。つまり、電波ほどではないし、伝送サービス事業者の投資によってパイが拡大しうるにしても、ある程度の希少性はあるように思う。そういう部分をとらえてスコアリングして根拠にするほうがいいと思う。こういうふうにしておくと、通常のインターネットのみを使ってサービス提供する事業は、メディアサービスにならずにすむ。あとは、メディアサービスに特有の特権(著作権法上の放送に与えられているものがまずは想像されるだろう)を求める事業者が任意にメディアサービスとなろうとすることは認めれば、副作用はないと思う。
(3)「公然通信」。さて、表現規制反対の立場から多くの懸念があがっているところだ。これ、結構な曲者で、そもそもこの中間取りまとめ全体は「枠組」の議論をしているもので、「どの程度の規制」ということは、あまり中心的な議題ではない。レイヤー型法体系の導入そのものはいろいろ利点もあるわけで、「表現規制」を理由に枠組自体を叩くというのは、「枠組」に利益を見出す人達と反目する状況になりかねない。この項目についていえば、「必要最小限の規律」がまったくもって何がどう必要最小限なのか明確でないのが問題。内容規制をしたいみたいなことが書いてあるけれども、内容中立的に、例えば「サイト運営者を(誤解される形で)騙るのを明示的に禁止する」(これは匿名規制とは別の概念)といった方向でフィッシングサイトなどを直接に規制するようなものを主体とする考え方もあるだろうし。
私としては、ここではまず、「ゾーニング規制」が発信規制にならないことの明確化を求めるべきだと思う。つまり、成人であることを証明していないユーザに対して「有害」コンテンツの発信を禁じる、といった方向になってはまずい、ということ。裏返すと、フィルタリングのためのセルフレイティングを推す方向になってしまうのだけれども。これを、全てのコンテンツ・サイトに義務付けるのは問題だけれども、例えば、風適法の映像送信型性風俗特殊営業に該当する業者にだけ義務付ける、というのは既存の秩序から特に厳しくなるものではないと思う。あとは自主規制で、18禁マークのように広がるのを期待しなさいという感じ。あと、「有害」について情報発信規制や抑制を求める感じのところは全部ケチつけるかな。その上で、さらにアグレッシブに主張するとすると、どうせ法律を見直すなら、刑法175条(猥褻図画)の削除か、通信への適用除外を実施して、ゾーニングのみでの対処にしろという感じかな。単なる規制緩和じゃもちろんスルーされるので、海外からの日本向けサービスを規律無しに行われるよりはましだ、ということと、児童ポルノの排除にリソースを集中するべき、というのとの組み合わせかな。根本に返ると、「違法」というのを何の区別もしていないのがまずいんで、権利や尊厳の侵害と、単に社会的法益に過ぎないものとを分けて、後者は通信がグローバル化してるなかでもうどうでもいいということにしないと成り立たないよというのをどっかに書くのかな。そのかわり、前者(ものによって民事・刑事の片方ないし両方)をどうちゃんと対処するのかという方向にリソース注ごうよということで。
4. 以降は、考えるべき点があるけど、私の主要な関心ではないということでとりあえずはここまでの内容をまとめ直す予定。
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