インターネット先進ユーザーの会(Movements for Internet Active Users : MIAU)が設立の運びとなりました。たいした仕事はしていないのですが、発起人の一人となっています。基本的な事項や詳しい話は、公式サイトやはてブのエントリを見て頂くとして、個人的な考えを。
名称について評判いまいちですが、ぶっちゃけこういうものを作るのは勢いが大事です。で、勢いで略称が先に提案されてみゃうみゃう萌えながら中身の議論していたところで、この英語名称を私が提案してこうなりました。 Movements for Active Internet Usersではという意見が発表後に出てきていますが、それではまいう〜になってしまいます。それはさておき。
「先進」/Active というキーワードについて、このあたりは御批判がありそうなところで、実際はてブでも微妙なコメントがついているので、少しその思いを述べてみます。
インターネットの理念について書いた文書で有名なものに、RFC 3271: Internet for Everyoneというのがあります。2002年に発行されたもので、著者は Vint Cerfです(石附陽子さんの訳と、宇夫陽次朗さんの訳があります。前者がおすすめ)。ここでは、「インターネットはみんなのもの」です。この文書に書かれた理念に、私もまだまだ共感するところがあります。ではなぜ "Active Users" と、一見、対象を絞ってしまうような名称を提案したか、です。2002年当時と現在とでは、インターネットアクセスの普及状況は全く異なります。少なくとも日本についていえば、その中身を問わなければ「インターネットアクセスはみんなのもの」にかなり近い状態になってきています。これを限りなく100%近くまで引き上げていくことは、まさに「国策」として、今後も推進されていくことでしょう。
問題はその中身です。Internet for Everyone にあるような理念は、現実の問題としては全ての人々に共有されているわけではありませんし、また、Internet for Everyone は包摂的であるため、肯定的に打ち出されつつ相互に衝突しあう価値間の調停については何も述べていません。後者の代表的なものが、著作権など知的財産権の保護と表現の自由や通信の秘密の衝突です。MIAUがまず扱う問題はこちらに属します。一方、前者が「安全・安心」を前面に打ち出した、ネット規制の動きだと私は考えています。もちろん、「インターネットがみんなもの」であるためには、インフラとしてのインターネットが正常に機能する必要があり、その意味での安全性がある程度必要なことは事実です。が、「安全・安心」の動きの中には、パターナリスティックに私たちの自由とプライバシーを制限しようとするものが少なからず含まれていることも事実です。こうした、私たちの自由を奪っていくさまざまな動きに対して、声を上げてバランスを取り戻す必要を感じています。
しかし、インターネットアクセスの普及率が十分に高い今、理念としてはともかく直近の現実の話として、「インターネット利用者」全体が特定の利害をもつものとしてそれを集約することは困難ですし、その意見が上記の理念を反映しているともいえません。そこで、ネット的価値という理念に寄り添うことが利益になる存在として、"Active Users"という言葉を選びました。そして、直近ではそれは大きな存在ではないかもしれませんが、未来のEveryoneになりうると、私は信じています。
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