昨年から急速に「違法・有害」にからんだネット規制の議論が高まっていて、今年はまさに実質的な法規制への動きがありそうな勢いになっている。個別の「規制への動き」の話題を追っていくのも必要なのだが、もうちょっと俯瞰的な視点から全体を捉え直していかないといけないと思っている。南方司氏の述べている「平場での議論が煮え切らない」状態を、少し変えていかないといけない、ということだ。この問題、ともすると、単純に規制賛成と規制反対のポジショントークで議論が深まらない、という状況もあるので。
この議論、しばしば「違法・有害」というふうに並べて議論されているのだが、もちろん、「違法」と「有害」は、全く異なる概念だし、さらに、ひとくちに「違法」と言ったところで、その内容もさまざまだ。そして、現実に起きている事象も複雑で、それらを個別に捉えつつ、全体として考えていかないと、議論がおかしくなる。というわけで、そういう話を平場でできれば、ということで、いくつかの話をしていきたいと思う(ブログのエントリひとつで到底終わらないんだ)。
まず、「違法」と「有害」どちらの話から始めたらいいか、というと、比較的曖昧さのない、「違法」のほうからだろう。ということで、こちらから。南方氏は
違法・有害サイトと一括りにされるが、違法サイトを削除するための法律は既に整備されている。いわゆる「プロバイダ責任制限法」だ。
有害サイト規制の前に議論すべきこと - 雑種路線でいこう
と、簡単に済ませているが、そんなに簡単な話ではない。プロバイダ責任制限法は、プロバイダの民事責任を制限するに過ぎない。簡単に言って、著作権侵害とか、名誉毀損・プライバシー侵害とか、そういう民事の問題について、知らなきゃ責任無い(監視義務もない)し、申立てに基づいて「送信防止」するさいも、内容がそれらしくてデュー・プロセスで処理されていれば、情報発信者の利益を損なう部分について責任無いよ、というだけだ。厳密な話とか、業界ガイドラインとかは、プロバイダ責任制限法対応事業者協議会によるサイトを参照のこと。刑法的な問題は、プロバイダ責任制限法ではカバーされていない。
刑法的な部分でどういうものが問題になりうるかは、インターネット・ホットラインセンターの運用ガイドラインにおける違法情報が、一応の参考にはなるだろう(が、これで網羅されている、とも言い難い気はする)。このガイドラインの大分類には問題があるが、とりあえず個別にみていくと、児童ポルノ、わいせつ物公然陳列、売春防止法違反、出会い系サイト規制法違反、規制薬物の濫用の煽り、規制薬物の広告、預貯金通帳等の譲渡の誘引、携帯電話の匿名貸与業等の誘引、といったものが並んでいる。児童ポルノのように個人的法益の侵害の大きいものもあるが、大半は社会的法益の侵害としての犯罪とされるものだ。表現の自由との関係では、児童ポルノ(定義の境界線的な問題はとりあえず措く)は児童に重大な人権侵害であり規制が許容されるとされてきた。わいせつ物規制の社会的法益は個人的には疑問だが、とりあえず規制は許容されてきた。薬物濫用の煽り、というのも、例えば第三書館のマリファナ・ナウ、マリファナ・ハイといったマリファナシリーズの書籍が違法だとされたという話はまだないので、もっと直接的な煽りで、その規制は薬物濫用問題の重大さからすると容認される、のだろう。売春広告や規制薬物の広告や通帳譲渡や携帯電話匿名貸与の誘引、というのは、営利的表現として一般の表現の規制に比べて規制根拠がより緩やかであっても容認される、といったことになるのだろう。なお、出会い系サイト規制法違反だけは、他のものは違って、ネット固有の規制になっている。これは、どちらかといえば有害サイト規制の文脈で先行的に法規制がかかったといっていい部分なので、改正の動きと合わせて、「有害」のほうの文脈で考えたほうがいい。
こういった情報と疑われるものについて、プロバイダが「送信防止」したから、といって、情報発信者の権利を侵害するとして問題になることは、あまりない。そもそも、多くの場合は、プロバイダは契約者との間で結ぶ規約で、そういったことが問題になることを防ぐ規定を入れている。具体的な議論は、2006年のインターネット協会主催セミナーにおける森亮二 弁護士の発表などがネット上にある(森弁護士は、学会で論文なども発表していたと思うが私はそこまでチェックしていない)。とはいえ、これは「削除は安全だ」という話であり、放置したからといって、プロバイダが直ちに刑事罰に問われる、という話ではない。各犯罪の幇助(や状況により正犯)に問われているケースでは、もう少し積極的な関与があったり、あるいは状況を認容していたり、といった状況があるようだ(これも森弁護士の前記発表を参照のこと)。実際、インターネット・ホットラインセンターへの通報で国内サイトについての通報で違法情報と判断されたもの全てが、削除されているわけではない。ホットラインセンターが違法と判断したものはすべて警察庁に通報されているが、警察は「違法」なものを処理するために動くとなれば、捜査をして被疑者を特定し、送検し、処分を確定する、といったことを前提に動くわけで、そこまでのものではないとなれば動かない。そして、警察より後に通報されたサイトなりプロバイダなりが放置すればそれまで、ということになる。
私が知っている範囲では、「児童ポルノ」でも、商業的なものはともかくとして、携帯電話向け無料レンタル掲示板の類に児童(女児も男児も)が純粋に自発的に自分の裸体や性器の写真を撮って投稿しているようなケース(こういったことの是非はとりあえず後回しにする)では、必ずしも警察が動くわけではない、という状況がある。また、「規制薬物の広告、預貯金通帳等の譲渡の誘引、携帯電話の匿名貸与業等の誘引」といった類にしても、こういうものを自前のWebサイトを立ち上げて堂々とやるような愚かな人、というのは世の中あまりいないわけで、実際には、こういったものの圧倒的多数は、掲示板spamが放置されているものだと思われる。インターネット・ホットラインセンター開設の前になるが、警視庁が「サイバーパトロール」で得たデータをフィルタリングソフト各社に提供、といった動きが2005年当時にあり、情報公開請求で一覧が全面開示されたこともあったが、その大半は掲示板spamが放置されているうちに、特定の傾向のspamで掲示板が埋め尽くされ、それが違法な宣伝だった、というものだった(直後のICPCでの発表資料からリンクを貼ったspamに埋め尽くされた掲示板は、今なお掲示板spamに埋め尽くされていている)。そもそも、捜査対象となるようなサイトのリストは開示されるわけがなく、捜査しないことを前提として大量のサイトのリストが民間に提供されたからではあるのだが。
とりあえずここまで見てきたように、インターネット上での「違法情報」といったものは、さまざまな種類があり、数の上ではその多くが具体的存在を認知されつつも放置されている、というのが、実際のところだ。警察も、ある意味「どうでもいい違法情報」まで強制捜査をして潰しているほど暇ではないし、プロバイダも、通信の秘密や表現の自由の保護を前提とすると、情報発信の抑止には慎重になるし、あるいは、そもそもが「チープ革命」で無料や極めて安価のホスティングやレンタル掲示板(無料のものは個人情報登録不要のものも少なくない)があふれる中、自覚なく「プロバイダ」になっていたり、あるいは自分の開設したサイトを放置したり存在そのものを忘れたり、という状況で情報発信の抑止に慎重になる以前に、その意識もないとか、あるいは通報を受け付ける体制もない、とった零細法人や個人も少なくないだろう。しかし、そのような場合にだからといって、掲示板開設者からレンタル掲示板提供者へ、さらにホスティング業者へ、といった具合に上位のプロバイダに通報して潰していけるか、というと、利用者の権利を考えると、そう簡単でもないのだろう。インターネット・ホットラインセンターのスキームでは、現状ではそのようなエスカレーションは行われていない。
そういう意味では、「違法サイト規制」の枠組には、穴があいている部分がはっきりとあるといっていいだろう。そのような穴は、ある程度は、憲法の定める基本的人権があえて作り出すものではある。通信の秘密だけではなく、人身の自由も関係する。そういったものが国家の法執行を適切に制限することで、私たちは、社会正義に著しく反するようなことでもなければ、軽微な違法性はスルーして、あまりギスギスとしない社会をつくってきていた。
ただ、「ネット以前」の社会と、ネットの普及した社会とでは、情報の拡散という部分で、(CODEでLessigが述べた意味での)アーキテクチャが全く異なる状況がある。そうなると、愚直に従来ながらの憲法的な権利を維持しようとすると、秩序の面で「底が抜けている」ような状況が現れてしまう。CODEでいうと、Sovereignty(主権)という章で、Lessigが昔のベトナム旅行を回想しつつ、ベトナムの人々は、法的にはともかく実質的には、政府の無力さゆえにアメリカの人々よりも「自由」だった、という話をしているところの議論だ。裏を返せば、既存の秩序からみれば、ネットが「無法地帯」に見える、という話になる。これが、広範な規制(「何を」規制するかの範囲の拡大)を待望する議論をもたらしている部分がある。
しかし、実際に必要なのは、規制の実効性の強化だ。これとて、やりすぎれば基本的人権を不当に侵害することになるから、慎重に、少しバランスをいじるぐらいの話だ。この文脈では、民主党がやろうとしているという違法サイトの削除義務付け(「有害」の部分は別途、より厳しく論ずる必要があると思う)は、あきらかに「やりすぎ」であって、総務省の総合的法体系研究会の最終報告書における「違法な情報」対策程度に止めるのが妥当だと個人的には考えている。違法情報のプロバイダ等への通知を無視しにくくするとか、送信防止措置についての免責を整備するとか、そういうことを中心にするべきじゃないかと思う。それでもネットの性質を踏まえると、自由に対する萎縮効果はそれなりに大きいはずで、そこで自由を守るのは、規制の実効性を不完全な方向にすることではなく、規制範囲の縮小だと思う。実のところどうでもいいもの、といった部分は、規制するべきではないし、ネットや社会のグローバル化で意味がなくなっている、個人法益侵害を伴わないようなものも、もはや「違法」の領域から外すべきだろうと思う。
なんかすでに長いので続きはまた今度。
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