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やはりフィルタリングは差別と偏見を助長するなぁ

2008/02/18

Permalink 23:54:42, by Nobuo Sakiyama Email , 20 words   Japanese (JP)
Categories: 検閲

やはりフィルタリングは差別と偏見を助長するなぁ

INTERNET Watchにフィルタリングの必要性、同性愛サイトやプロフなどで親子に意識差という記事があった。IMJモバイルによる意識調査の内容。IMJモバイルの発表タイトルでは「同性愛」は落としてあるのだが、調査結果の内容から拾えばそういうタイトルになる。IMJの分析は「親子の意識差」に焦点を当てているのだけれども、絶対値でみても同性愛を規制が必要と考える親は87.8%と、かなり高い値となっている。ほぼ同水準がギャンブル(87.9%)で、成人娯楽、グラビア、グロテスク、オカルト、宗教といったあたりがこれらより若干低い。90%越えは、もっといかにもなカテゴリとなっている。

さて、IMJモバイルの分析では、子どものほうの許容度が高いことに注目して「10代へのBL(ボーイズラブ)ブームの影響」としてるが、そういう問題なのか、なにか違うだろ、というのが率直なところ。このブログで携帯フィルタリング問題に最初に言及した時には、まさにNTTドコモが同性愛を制限対象としていることを取り上げたのだけれども、その話題をmixiの「ドコモ」コミュニティに振ってみたときのコメントが、Norasさんの手でコピペされているので、当該コミュニティの管理者がトピックを削除した現在でも、内容を参照できる。そこについたコメントは、ほとんどが私の問題提起に対する強烈な反発だったのだが、その内容といえば、性的指向についての差別と偏見とその助長そのものだと言っていい。

こういう差別的言動が露骨に表面化するのはいかにもmixi的な事象だと思うが、そのような差別・偏見から、他の人が自由か、というと、そういうことでもない。モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)が公開している第三者機関設立のための準備委員会設置の説明(PDF)という資料がある。MCFが「健全サイト認定」のための第三者機関設立について発表したときから使われている資料で、私が初めて見たのは慶応大学DMC機構主催のシンポジウムのときだ。この資料の7枚目(6ページ)が「ブラックリスト方式のカテゴリーの実際」というタイトルで、「規制カテゴリの中に健全なサイトも含まれてしまう」ということをNTTドコモのカテゴリに対して具体的に述べているのだが、宗教・政治・コミュニケーションについて指摘する一方、同性愛カテゴリについては問題の指摘をしていない。「アダルト」カテゴリについてまで、「同じサイトにある一般図書も利用できない」と指摘しているにもかかわらず、だ。まぁ、MCF会員企業から具体的にボトムアップの苦情がなかったからに過ぎない可能性もおおいにあるけれども。

国会議員の中にはこの問題に注意を払っている人もいるけれども、一方で、自民党でフィルタリング義務化の方向で旗振りを一番懸命にやっている人達は、ぱっとみたところは日本会議系の議員が目立っていて、彼らはいわゆるジェンダーフリーバッシングの中で同性愛を異性愛と対等に扱うタイプの教育を攻撃してきたし、日本会議といえば、同性愛者の人権一般についても日本会議首都圏地方議員懇談会にみられるように異常に敵意を燃やしていらっしゃるようなのですよね。もっとも、フィルタリング推進の自民党議員でも、馳浩議員のように性同一性障害者の問題に継続的に取り組んでいる議員もいるので、「ライフスタイル(同性愛)」にはトランスジェンダーとして性同一性障害に関する話題も入っているということを伝えてみるというのもいいのかもしれない。

追記: 楠さんの反応に対して。価値中立的にカテゴリを選択できる状況にあっては、ある程度は然り。ただし、仮に親が望むとしても、例えば「部落(解放運動について。地名晒しなどのhate speechではない。以下同様)」「黒人」「ユダヤ人」「ハンセン病患者」といったカテゴリをアクセス制限のために用意することが許容されるかといえば許容されないわけで、その意味において、いわゆる LGBT をブロックしたいという要求に応ずることが適切かどうかといえば、私個人としては適切ではないと考えている。ただ、社会的な合意としてはまだそこまでは行っていない、ということは認めるというレベル。

そして、目下の携帯フィルタリングにおいては、ネットスターのブラックリストカテゴリの端末単位での価値中立的な選択、というところには落ちそうもないし、まして、セルフレイティングをベースに端末単位でコントロールする、という方向にはどうがんばっても今年の6月には間に合わないだろう。端末であれば年単位の時間が要るかもしれず、ゲートウェイでも実運用に入れるとなれば時間はかかる。従って、短期的には、現行の画一的なカテゴリが社会的に適切なのか、というところに落ちざるをえない。そこでどのような設定をするかは、いくら「親権の代理行使」と言ってみたところで、親ならぬ事業者や社会・国家からのメッセージとして機能してしまうだろう。