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選択か検閲か

2008/04/05

Permalink 18:14:25, by Nobuo Sakiyama Email , 23 words   Japanese (JP)
Categories: 検閲, 言論・表現の自由

選択か検閲か

最近、児童ポルノ禁止法改正案ネタを続けていて、そちらの話題がないわけではないのだけれども、民主党と自民党が広汎なネット規制法案を準備しているという話題がここにきて一気に弾けてきた。

私もMIAUの幹事として、関係資料に目を通せているのだが、前提として、この種の資料はすべて未定稿として複数のルートで一定の範囲に出回っていて、その性質上、細かいバージョンの違いがありえる。MIAU幹事は共通して見ている資料が存在するが、個々のMIAU幹事によっては異なるバージョンを見ている場合もありえ、また、ましてMIAU幹事以外と同じものを見ている保証もない。池田さんは町田氏が古い資料を見ているのでは、としているけれども、同じぐらいの時期の資料を読み違えている可能性もある、とも思う。池田さんが明示的に紹介されている条文については、番号と内容では一致していて本質的な違いはないが、より細かく書かれていて、命令違反に対する刑事罰は存在するが、それは情報発信者ではなく接続事業者やネットカフェ事業者に対するものとなっていて、渋井氏の高市議員インタビューと符合するものになっている。池田さんのほうが古くMIAUのほうが新しいと主張するつもりはない。が、いずれにせよ出回っているものは不確定要素がまだ多く、おそらく自民党内でも総務部会との調整で変更される可能性があるだろうから、細かすぎる部分についてはあえてふれずに、ここではおおざっぱに問題点をみていこうと思う。

「青少年有害情報」が曖昧・広汎かどうか、という点については、私のみているものは池田さんの引用しているものよりもやや細かい(すべてについて「〜という情報で、〜するもの」という形になっていて、前半に内容を限定 する文言が入っている)が、いずれにせよ曖昧・広汎だと思う。

サイト管理者については厳密には「削除義務」となることを避ける構成となっていて、「青少年により青少年有害情報の閲覧がされないようにする措置」となっている。しかし、「青少年でない旨の証明をしたものでなければ」閲覧ができないようにする措置というのは、それなりに厳格な本人確認を伴う会員制サイトでなければありえず、クレジットカード制のアダルト有料サイトならともかく、ごく普通のサイトの大半は達成不能、という意味では削除を求められるに等しいとは言えるだろう。もっとも、「フィルタリングソフトウェアによる選別に資するための措置」をとればそれでいいともとれ、こちらは、これがセルフラベリングなどを意味するのであれば、影響範囲や表現の自由の観点からの問題を脇に置いてみた場合、個々の情報発信者にとっての敷居はそれほど高くないかもしれない。サイトにアクセスを提供するISPについて、「知ったとき」に前述の措置を求めたり、(それが実施されない場合に)「青少年により青少年有害情報の閲覧がされないようにする措置」を自らとる義務が生じているのは、これは大きな問題になりうる。ISPとしては、わざわざ透過プロキシでも設置するのでもなければ、回線を切断するか、あるいはポート単位でブロックするほかないように思われ、「削除義務」よりも強い措置になる。

携帯電話フィルタリングについては、現在の総務大臣要請で実施されている携帯電話事業者による「原則化」、および、その後の落としどころを検討している総務省検討会での多くの努力を、強権的に上書きするものと読める。現状では、サービス利用の「未成年ユーザーへの原則化」であるため、告知を行って未成年契約者について保護者によるオプトアウトが認められているが、法案では「全ユーザーへの原則化」であり、18歳以上のユーザーで、かつ希望しない申出をした場合に限ってのオプトアウトとなる。つまり、自民党案では現状のオプトアウトについて「やっぱり許さん」というポジションとなる。保護者が許可することは禁止、ということになっている。これまでの関係者の多大な努力を水泡と化し、さらに、なんだかんだいって成人のほうが多いはずの全携帯電話ユーザーを多大なコストをかけて巻き込む、ということになっている。

さらに、パソコンの製造事業者へのフィルタリングソフトの「組み込み」の努力義務がかかっている。この「組み込み」は、現状の家庭向けパソコンでよくあるような、フィルタリングソフトの試用版のインストール用ファイルをデスクトップに置いておく、といったものでは済まないだろう。「組み込み」なのだから。これが、企業向けパソコンにも一律に適用される。企業の場合、ゲートウェイでフィルタリングする場合も多いだろうし、あるいはモバイル用途も考えて企業としてのポリシーを一律設定できるような企業向け製品をボリュームライセンスで購入して用いる場合もあるだろうし、あるいは全くフィルタリングを使わない場合もあるだろうが、いずれにせよ、製造事業者の「組み込み」のものは、不要か機能が重複するため無駄なものになる。組み込む以上は試用版では済まないだろうから、ハードディスクへの著作権補償金どころではない、調達コスト上昇要因となるだろう。この努力義務は、努力義務とはいえ、フィルタリングソフトやフィルタリングサービスの事業者への努力義務と併せ、「規定を遵守していない」事業者に主務大臣が「必要な措置を講ずるよう要請」することができるとしているので、かなり強い努力義務となっている。ここまで書かれてしまうと、ビジネス用途だろうが大人が使うとわかっていようが、OSをインストールしていないパソコンや、組み込み対象のフィルタリングソフトがないようなOSを組み込んだパソコンの製造・販売は、「コンプライアンス」上、ほとんど禁止に等しい状況になる。

そして、インターネットカフェでは、青少年の客に対して、フィルタリングソフトが有効となっている端末の提供義務のみではなく、「他から見通すことのできる客席」の提供義務が掛けられている。従業員からのみならず、他の客からも見通せる状態が要求されているとなると、青少年はインターネットカフェではプライバシーの期待は一切持つな、ということになる(従業員は雇用契約上の秘密保持義務を課すことができるが、客の間ではそれは無理)。

「青少年健全育成推進委員会」は、基準を定めるとされているが、委員会メンバーは内閣が選ぶ国会同意人事となっている。端的にいって「高潔な有識者」を選ぶものであって、ネット利用者や事業者の利害が基準策定に反映されるとは見えず、むしろそこから遠い場所で決めるものとなっていると思う。「青少年健全育成推進委員会」は独立した存在としてその基準に異議を挟む余地はなさそうだ(個別のサイトが直接に指定されるわけではないので、行政訴訟の対象にはならないのではないか)。

実際の個別の「青少年有害情報」(をめぐる意見の不一致からくる係争)を扱うことになる紛争処理機関は、裁判とは異なり、手続きが非公開とされている。紛争処理機関が「相当と認める者」に傍聴を許すことができるとされているが、何をもって相当とするかは明らかとされていない。「ネットの有害性」を喧伝する新聞記者や、ネット規制の推進を願う団体の構成員は、法律の目的と合致する意図を持つから傍聴が許され、一方、ネットの自由を擁護する論者は、法律の目的と合致しない意図を持つからと傍聴を許されない、といったことが、あるともないとも言えない。また、これに限らず、全体として、主務大臣(実務的には所轄官庁)に情報を集めるが、それを公開していく精神が、この法案には存在していない。青少年健全育成推進委員会は情報公開法の対象だが、紛争処理機関は民間機関なので対象外だ。具体的な紛争処理を通して、「有害性」がどのように認定され、あるいはされないのか、そういった情報を係争外の一般の人たちが知り、共有し、おかしいと思えば声をあげていく、そういったシステムはそこには存在していない。

こうして全体をみていくと、この法案は、やはり(広義の)検閲を指向していると言わざるをえない。トップダウンで画一的な基準が定められ、個別の紛争は非公開で処理され、表に出てこない。静かに、「有害」とされた情報の発信やアクセスが制限されていく世界を作ろうとしている。

対して、総務省のインターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会は、ここにきて、紆余曲折の末に穏健な落としどころに向かっているように見える。Internet Watchの報道などによれば、「『画一性・非選択性』から『多様性・選択性』へ」ということで、「ユーザーが個別ニーズに応じてカスタマイズを行なう」ことができる方向を打ち出している。個別のサイトのフィルタリングからの解除を含めて、中長期的に妥当な方向を打ち出している。私自身は、フィルタリングソフトやフィルタリングサービスの透明性の無さから、具体的な個別サービスに支持できるものはないが、(青少年と保護者をセットにした)「利用者の選択」をサポートするという方向で軌道修正されていくのであれば、そういう政策自体はおおいに支持に値すると考える。しかし、自民党案にせよ(若干趣きは違うが)民主党案にせよ、そこにあるのは多様な価値の尊重ではなく、特定の立場からみた価値の押し付けであって、保護者に選択することすら許さないものに見える。それは、検閲以外のなにものでもない。