小倉さんは未成年者の判断力が一般に成人のそれに劣ることは議論の前提だとして、ネットの「有害」法規制に反対する人々を批判しているわけだけれども、具体的に「MIAUの皆さん」と名指し対象に入っているので言っておく。
MIAUとしても個人としても、未成年の判断力が成人に劣るとされていることそれ自体は否定していない。しかし、そもそも、未成年者が保護されるのは、直接に「判断力が劣っているから」ではない。実体的な判断力がどの程度あって、どの程度ないか、というのは、そもそも年齢できれいに切れるようなものではなく、人の発達程度というのは個人差が大きいし、判断力の指標そのものも設定困難だというのが事実。その上で、法的な制度では、特別な場合を除けば、個別的な線引きを公平に行う手立てもないから、未成年者とか、児童とか、段階的にいくつかの年齢で線を引いて、能力が劣っているとみなしているだけ。そして、刑事責任のような代行しえないような責任を除けば、基本的に親権者が、足りない部分を補う(という言い方が悪ければ、例えば、法定代理人が許した範囲内で法律行為ができる、とでも言えばいいのでしょう。正確な言い方は、弁護士の小倉さんのほうがよほど詳しいはず)。
保護者が子どもを監督し、その一環としてフィルタリングを活用する、といったこと自体は、MIAUとしても、私個人としても、否定はしていない。ただ、それを実際どうするかは、家庭内の私的自治の問題だ。長所と短所を比べて、使うか使わないか、使うとしてどの程度のものにするか、あるいは携帯電話のネット機能をそもそも使わせないか、それは保護者が判断すればいいのであって、国家が判断することではない。青少年条例の図書規制の画一的な規制を容認するとしたら(私はその「程度」については必ずしも賛成ではない。もっと緩くていいと思う)、それは、未成年者とて、保護者の与える小遣い程度の金銭は自由に使えて(民法第五条第三項)、その程度の金額の範囲での図書等の購入のコントロールが保護者には出来ないから、だと、個人的には考える。そういう主張が法学的に過去なされたかどうかは知らないが、情報技術が個別的なコントロールを可能にしている以上、一律規制は個別的なコントロールが出来ない従来メディアに対するものであって、個別コントロールが可能なメディアではそれを前提に考えるべきだと思うのだ。少なくとも、総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」は、その意味では、いかに個別的な判断をサポートするシステムを作り上げるかという真っ当な落とし所を探っていると思う。
しかし、現時点のネット規制法案のトーンは、保護者の自律的判断を一定部分について否定し、国家の判断基準を押し付けるものになっている。「青少年健全育成」と「児童の保護」では対象範囲が異なり、前者が後者よりはるかに幅広いものとなりうることも問題で、小倉さんは後者を理由に前者を押し付けるのを是としている。児童の保護という観点では、私自身、「悪い大人を取り締まる」道具を増やす方向で一部でかなり顰蹙を買っているらしいぐらい厳しい規制を提案してみているし、ネットに関する統合的な政策パッケージは(MIAUではないが)楠さんが取りまとめている(私の提案が統合的でないのは、彼がいろいろやっていることを前提として深堀りしてみたため。また、彼は私があえて厳しめに書いた部分までは採り入れていない)。いわゆる高市法案は、「青少年健全育成」をテコにして成人の情報アクセスにまで障壁を設ける方向になっていて、CDAの違憲無効部分ほど迂闊な書き方をしていないし、おそらくCOPAの違憲判決を、さらには、SafeSurfが提案しただけで終わったOnline Cooperative Publishing Actあたりも研究して書かれたもので、技術的には違憲判断を迂回しまくる方向で努力しているが、だからといって効果としてCDA路線やそれ以上のところを狙っているとしかとれないものを、趣旨ごもっともと賛同するわけには到底いかない。
で、小倉さんが私や楠さんの対案について現時点でスルーしてるのは、いったいなんでだろうなぁ。
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