前のエントリでは、Googleストリートビューについて、まだあまり出ていなかったであろう論点を出してみたのだけれども、ここらでやや包括的に。
プライバシー問題については、いろんな切り口があるのだと思うのだけれども、個人的にここでおさえておきたいと思うのは、明治大学の夏井高人教授が提唱しているデジタル情報化されない権利。こういうのを無限定にふりかざすとなれば、池田信夫氏にLudditeと非難されることうけあいだが、ものは程度ということもある。高木さんが指摘するように、Googleのスト(略)カーの撮影視点はかなり高く、多くの生活空間における家屋のアーキテクチャーが想定する視点とは異なるので、個人が私的空間として確保している場所への侵襲性は高い。ちなみに、高木さんが示している例の道では、同レベルの視点を確保できるような座席高の高い車、例えば大型トラックやバスなどはそもそも通れる場所ではないように見える(RV車やワンボックスカーなどの車高の高さはたかが知れている)。その上で、仮にそういう車が通れると仮定しても、高木さんが引用した榎本さんのブックマークコメントは、たとえば前記の「デジタル情報化されない権利」を主張する立場を仮にとると、適切ではないと言える。見えることと、撮影しデジタル情報化し公開することは同等ではない。
「デジタル情報化されない権利」を支持するかどうかはいったん留保するとして、今のところ、Googleはオプトアウトを提供することで苦情を解決しようとしている。オプトアウトによる対処それ自体が弱者保護の観点から問題となるが、それに加えて前のエントリで書いたように、網羅的に地図に情報がマッピングされている、という状態では、真のオプトアウトは不可能だ。画像は消されるかもしれないが、画像が消されたということがわかり、その場所はURLでピンポイントに特定できる。これ自体が「何かセンシティブなものが映っていた可能性がある」というメッセージになる。たまたま被写体として人が映り込んだだけかもしれないが、場所特有の問題かもしれない、という情報だ。その上、一部の道路だけを撮影対象から外せば、それは地図の上で俯瞰できて、そこから(余分かもしれない)メッセージを読み取ってしまうことができるわけだ(結界はネタとして、buyobuyo氏のこれはひどい。大田区の例はむしろメッセージを読み取れない広さで、公開スケジュールありきで巡回が間に合ってないのだろうと個人的には思う)。
個人的な直感としては、この問題は単に写真をめぐるプライバシーの問題として扱うのはスジが悪いように思う。おそらく、そういう問題にすると、私人間(Googleと個人)の選択の問題に帰着してしまい、写真はオプトアウトできても、オプトアウトしたという情報が公開されている状況は解決できないのではないか。何がオプトアウトされているかも含めてセンシティブ情報である可能性を含めた検討が必要で、そういう前提においてプライバシーと利便性の折り合いをつけるにはどうしたらいいかという問題設定が行われる必要があると思う。この場合、オプトアウトを選ばない邸宅写真の公開も制限される方向に倒れる部分があり、単にGoogle対個人という話ではなくて、より公衆的な選択という文脈になるように思う。専門じゃないので把握していないけれども、GISとプライバシーの問題ってかなりいろいろあって、それなりに検討が行われてきているのではないだろうか。けれども、Googleはそういう検討をしたかというと、その必要を認めていないからこそこういう形でサービスを始めちゃったのだろう、と思うわけで、悩ましいですねぇ。
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