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歴史認識問題じゃないんだよね

2008/12/15

Permalink 21:17:49, by Nobuo Sakiyama Email , 4 words   Japanese (JP)
Categories: 情報社会

歴史認識問題じゃないんだよね

Apeman氏が反応しているので続き。まずもってきちんと読んでほしいいのは、東氏の次の記述(強調は私)。

A.いまの日本社会に、南京大虐殺があったと断言するひとと、なかったと断言するひとがそれぞれかなりのボリュームでいるのは事実である(この場合の南京大虐殺は例)。

歴史認識問題についていくつか - 渦状言論

例に過ぎないのだから、個別の細かい話は捨象されている。そういう例に使うのは専門に扱っている歴史研究者などへの敬意に欠ける、という批判もみているが、「たとえその信条が私的にどれほど許し難かったとしても」という話をするための例なのだから、どのような例を持ってきても、論争当事者に対しては「敬意に欠ける」のは仕方がない。その上で、日本語で日本の読者なり日本の学生なりに提示する例として、これは選ばれている、のだろう。ホロコースト否認論も「私的にどれほど許し難」いという反応は引き出せるかもしれないが、現実の問題として、日本の多くの読者なり学生なりにとっては響かないだろう。個別の事情を捨象しているのだから、「南京事件否定論を違法化しようという具体的な政治運動」の具体性も必要ないし、そこは話のポイントでもない。

問題は、情報社会の発展により「言論の自由市場」が淘汰の場としては失効しているということ。東氏が島宇宙という(用語自体は宮台真司に由来。ただし、東氏においては若者文化論ではなくこれが全面化した状態が想定されている)のはそういう状態。それが、東氏における世界認識であり、かつ、ポストモダニズム系リベラルとして擁護する社会の姿でもある。この環境において、Apeman氏が「スルーせずに批判すること」を繰り返しても、社会の中で影響される人はいるかもしれないが、俯瞰してみれば、大勢に影響はない。島宇宙的な共存関係を壊すようなものではない。だから、「スルーせずに批判すること」についていえば、それはご自由にというほかない(し、それはそれでガンガンやればいいんじゃないのかな)が、それのどこが東氏批判になるのか、ということになる。東氏のビジョンを根本的に批判するということであれば、直截には私的に許し難い言論を公的に潰す実力公使となるほかなく、「市民的合意」によって国家権力を呼び出すのであればそれは法規制であるし、合意によらないのであれば、テロリズムとなる。島宇宙化した人々の関心をかつてのように特定少数のものに集まるように取り戻す、というのもないではないが、それはおそらく不可能に近いぐらい困難なことだろうし、現在東氏を批判している面々がそういう方向をめざしているようにもみえない。