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Great Firewall of Japan が構築される可能性について

2009/06/26

Permalink 04:07:42, by Nobuo Sakiyama Email , 16 words   Japanese (JP)
Categories: 検閲, 通信傍受, 児童ポルノ問題

Great Firewall of Japan が構築される可能性について

今回書く内容には、あえて物騒なタイトルをつけた。これは、ひとつの論理的な可能性であって、私が具体的な動きを認知しているわけではない、というのは念のために冒頭で述べておく。

6月26日から、児童買春・児童ポルノ禁止法改正案の審議が始まる。与党案と民主党案の間に大きな開きがあり、明らかに衆議院解散が近く、その後の議会構成が大幅に変わることが分かりきっている状況、そして、犯罪を新設する重い法案であり、かつ、憲法上の問題もクリアにしておく必要がある、ということを考えれば、強行採決→再可決による与党案成立、というのを、反対運動の人々の力で「今国会で」阻止することは不可能ではないだろうし、与党と民主党との修正案を含めた妥協の成立を時間切れに持ち込むこともまた、可能性はなくはないだろう。ただ、ざっくり言って、それを永続化できるかといえば、結構厳しいんじゃないかとは思っている。

ネットの問題を考えるさいに本当に悩ましいのはその先、で、すでにいろいろ話題となっている「児童ポルノブロッキング」の問題だ。ブロッキングは、ユーザの HTTP でのISP外への通信すべてについて、根こそぎ調べて「児童ポルノとして登録されたサイト/URLか」を判断するわけで、児童ポルノに関係あろうがなかろうが事実上すべてのネットユーザに関係する問題であり、個人的には、そのような通信への介入は基本的人権という面で到底受け入れがたいし、技術的にも問題が多く、無関係のはずの多数のユーザの利用に悪影響を与えると思っている。後者については、MIAUからの総務省報告書へのパブコメでかなりの内容を突っ込んだかいもあり、「ブロッキング」のフィージビリティが今後調査されるさいのハードルをかなり上げることができたのではないか、と思っている。とはいえ、ブロッキング導入派の熱心さはおそるべきものがあり、はたして、数年後の日本のISPがおしなべてブロッキングを導入するはめに陥っているか、あるいは一部ISPにとどまるか、はたまた「無かったこと」になるかは、まったく読めない。ここで重要なのは、ブロッキングが導入されるかどうか以上に、ブロッキングとユーザの権利との関係が、いかなる形で決着されるかだ。

日本の憲法には「通信の秘密」があり、また電気通信事業法にも「通信の秘密」があり、これらは篤く保護されてきた。もっとも、例外はあり、1999年に通信傍受法が成立して実際に使われている。私自身は、通信傍受法は違憲だとずっと思っているけれども、最高裁判所が違憲判断を出す現実的な可能性はない。ただ、通信傍受法の成立に至る過程で、これは極めて例外的な基本的人権の制限だということから、実施は厳格な制限のもと行われる枠組となっているし、適用犯罪の拡大も、今のところはないとは言える。

ところが、ブロッキングについての推進派のここらへんへの主張はというと、ゆるゆる、だ。単純所持禁止などの法案が国会に出て成立、というのを待たずに話が出ていることもあり、現行法のもとで可能、という議論をしている。そして、児童ポルノ拡散の害悪がブロッキングの必要性として縷々語られるが、ユーザの権利との関係について、「原則ダメだが児童ポルノという特別なものだから例外的に優先」というロジックは、見られない、ないし希薄だ。「原則ダメ」とは言っていない。とくに、児童ポルノ拡散の害悪について、社会的法益の面が強く語られるというのが問題で、それなら児童ポルノでブロッキングできるのなら、他の「重大な社会法益」を理由としたブロッキングもできるだろう、という議論が、児童ポルノ関係以外のところで起こる。そういう話を始めている人達はいるらしい。単純所持規制の導入を前提に、児童ポルノに架空の創作物を足したいという議論が広く行われているが、ことブロッキングについてはそれで止まるのかね?ということだ。

ポルノといえば、児童ポルノや「児童を描いた創作物ポルノ」に限らない。犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案という内閣提出法案がある。これは巨大な法案で、その一部が「共謀罪法案」ということで、野党の大反対があり、過去の国会では審議が行われたこともあったが、「ねじれ国会」を反映して実質審議が止まっている。法案の性質上、衆議院再可決で強行するのは無理筋で、普通に考えて、衆議院解散で廃案になるだろう。ただ、与野党で意見対立があるのは、共謀罪のほか、サイバー犯罪条約関連での電磁的記録の保全や差し押さえ、通信ログの保全などで、サイバー犯罪条約関連での野党の要求は手続きの厳格化やログ保全日数の短縮で、完全反対論ではない。総選挙後の国会で、共謀罪を切り離した法案が提出されれば、遠からず成立するだろう。この法案に、次のような条項がある。

第百七十五条中「図画」の下に「、電磁的記録に係る記録媒体」を加え、「、販売し」を削り、「又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する」を「若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する」に改め、同条後段を次のように改める。

電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

第百七十五条に次の一項を加える。

2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案

「情報処理の高度化」に対応するために、刑法のわいせつ物頒布、公然陳列の罪について、現在は「物」有体物にこだわっているところ、「電磁的記録の頒布」という概念を持ち込もう、というものだ。この法案が最初に出たころ言われたのは、「メールマガジンでのポルノ画像の頒布を対象にできる」といったことだ。現在の法解釈では、例えば「Webサーバのハードディスク」が公然陳列されている、という判断となっている。電子メールの場合、個々のメールは個別のユーザに送られていて、公然陳列されているハードディスクはない。物を送ってないから、頒布でもない。これが、「電磁的記録の頒布」となれば取り締まり可能だと言われている。もっとも、すでに取り締まられて法解釈を争ってないケースは世の中あるのかもしれないが。

で、それで止まるかというと違う可能性がある、と考えている。海外にWebサーバを設置して、日本では「わいせつ物公然陳列」となるような映像配信サービス、というのを日本に対して行っている事業は現実にある。これを、日本在住の人間とか日本法人がやれば罪に問われるが、そこは迂回して「合法的」にやっているというやつだ。ビデオリサーチインタラクティブのデータの上位にも、そういうサイトはある。これは、今は国外の会社が国外で勝手にやっているものを、日本在住者が見に行っているだけ、だ。「公然陳列」の場所は日本の主権の及ばない国外であって、実行行為のどこも日本に関係なければ、日本が犯罪に問う対象ではなく、それを日本在住者が電気通信で受信しているだけだ。これが、刑法が改正されると、「わいせつな電磁的記録が日本国外から日本国内に頒布されている」という形で、問題化しやすくなるのではないだろうか。次のステップは、「わいせつな電磁的記録の輸入の禁止」だ。現在、「わいせつな写真集」や「わいせつなDVD」を、貨物として国内に輸入しようとして税関検査で発覚すれば、よくて放棄させられ、悪ければ罪に問われる。これは、関税法の「輸入してはならない貨物」に「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」とあるからだ(児童ポルノは別扱い。なお、昔は関税定率法だったので、そちらで覚えている人も多いと思う)。関税法の枠組は貨物という有体物のためのものだから、その中で「電気通信の受信によるわいせつな電磁的記録の輸入の禁止」を行うことは、およそ考えられない。しかし、輸出入の規制を行う法律は関税法に限らない。外国為替及び外国貿易法(外為法)では、対象となる貿易取引は有体物に限定されていない。外為法にわいせつな電磁的記録の輸入の禁止を入れるのは無理筋のようにも思うが、国境を越えたデータのコピーを輸出入として扱う法的枠組はすでにあるのだから、「わいせつな電磁的記録の輸入の禁止」を定める法律を技術的に作れないとは思われない。なお、最近のWIRED VISION記事にあるように、アメリカではわいせつなデータの州をまたぐやりとりは違法であり、これは条文をみると国境をまたぐ場合も同様だ。

ここまで想像を広げて話を戻すと、社会的法益を理由として「わいせつな電磁的記録の輸入の禁止」が定められた場合、すでに「児童ポルノブロッキング」が導入されていて、そこに「原則ダメだが児童ポルノという特別なものだから」というロジックが欠けていた場合、「わいせつな電磁的記録」もまたブロッキングの対象に加えるという提案に、抗することができるのだろうかというと、難しいだろう。また、関税法をいま一度見れば、そういう拡大が「公安又は風俗を害すべき」電磁的記録へとさらなる拡大を呼び込むこともまた、可能性としてはあるだろう。また、詳細はここまで論じていないが、ブロッキングを実施するとなれば、方式によって程度は異なるが、ユーザの閲覧履歴がISPのサーバにログとして残る。このログは、捜査当局の保全・差し押さえ対象となることにも留意したい。ここまで至れば、「児童ポルノブロッキング」と呼んでいたものは、Great Firewall of Japan へと変貌をとげる。

ここまでの話、ワーストケースとして考えてみたのだが、しかし、ブロッキング対象の拡大という話は、すでにブロッキングが導入されているヨーロッパの国では現実のアジェンダとしてあがり始めている。児童ポルノブロッキングは、こうした全面的な検閲体制への一里塚になる可能性が十分にあるから、なるべくなら阻止すべきだし、仮に阻止できなくとも、きっちりと児童ポルノに限定されるような形にする必要がある。