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児童ポルノブロッキングで黄昏ていくであろう通信の秘密

2009/06/28

Permalink 02:28:24, by Nobuo Sakiyama Email , 24 words   Japanese (JP)
Categories: プライバシー, 検閲, 通信傍受, 児童ポルノ問題

児童ポルノブロッキングで黄昏ていくであろう通信の秘密

いよいよ始まった児童買春・児童ポルノ禁止法改正案の審議、いきなり最初から、自公案の提案者の葉梨議員が、いろいろと飛ばした発言をして話題となっているけれども、ここで注目したいのは、彼が連呼した「ペドファイルとのたたかい」という言葉。枝野議員が軽くツッコミを入れていたけれども、これはとても重要なポイント。実在の児童への人権侵害という「罪」を憎むだけでは足りず、内心において「ペドファイル」であれば、外部にいかなる影響を与えていなかろうと、社会から排除していこうという姿勢だ。これは、日本のみの話ではなく、米国や英国で先行している話であり、「創作物規制」の検討というのはそういう文脈で出てきていることは、この問題に一定の関心があれば、規制強化に賛成側であろうが反対側であろうが、気づいている人が多いのではないかと思う。

で、「ペドファイルとのたたかい」の強化の方向性は、もちろん、禁制品の定義の拡大だけではない。米国刑法典の児童ポルノ処罰の条項では、未遂・予備や共謀も、既遂と同等の罰則が定められている(連邦法では「単純所持」を問えるのは管轄上ワシントンD.C.やその他の直轄地域などの特別な場合に限られるが、州間ないし外国からの取得はカバーされている)。参考人質疑で保坂議員が共謀罪に言及したのはこれが念頭にあったと思われるが、いまいち参考人の前田教授に伝わりきらずにピントが定まらない返事が返ってきた。今回の改正の範囲ではなくとも、罪を憎むのではなく人を憎む方向を肯定するのであれば、将来の改正において、共謀はともかくとして未遂・予備を対象に含める動きは出るだろう。関税法による児童ポルノ輸入罪では、すでにこれらはカバーされている。こういうありうる将来がいかなる結果をもたらすか、というのがこのエントリーのテーマだ。

自民党案であれ民主党案であれどちらでもいいのだが、改正が成立したとして、いかなる児童ポルノ取得が実際に摘発されていくのか、ということを考えた場合、そのうちのひとつには、間違いなく、携帯電話向けサイトが含まれるだろう。摘発例として、「さくらんぼ女学院」という名称のサイトに関するものが報道されたが、そういう類のものだ。

そもそも、携帯電話でのWeb閲覧は、通信の秘密というものが非常に弱い。いわゆるケータイの世界では、Webのアクセスはすべてゲートウェイ経由となっている。そして、アクセスしたURLは、すべてログに残る。例えば、NTTドコモの「iモードアクセス履歴検索サービス」は、要申し込みのサービスだが、申し込んだ時点で「31日前まで」の履歴を閲覧することができる。つまり、申し込んでいなくても最低限それだけの履歴は蓄積されているということだ。こうした履歴は、もちろん契約者本人以外に開示されることは原則としてないが、警察が捜査令状を持ってくれば、もちろん開示する。NTTドコモの場合、プライバシーポリシーにも明記されている。報道でも、事件がらみで携帯電話のサイト閲覧履歴に言及されることは、少なくない。

ここに、仮に携帯電話向け児童ポルノ配信サイトがひとつあって警察がその存在を認知し、配信元が国外などで強制捜査やそれに基づく情報入手にやや困難があったり、あるいは配信元の摘発前に閲覧者情報を集めておきたいと考えたら、どうするかといえば、「被疑者不詳」の児童ポルノ単純所持、ないし有料・反復取得の事件として、サイトURL閲覧者一覧を得るような捜査令状を請求するのではないか。そういう網羅的な令状を許可する裁判官はおそらくいるだろうし、携帯電話事業者も、最初こそ問題視して不服申し立てをするかもしれないが、おそらく通らず、次からは素通しということになるだろう。そして、必要な一覧を生成するデータベース操作は、難しくない。そうして得た一覧から、例えば有料エリアのURLをアクセスしているとか、あるいは繰り返しアクセスしているとか、そういう端末の利用者を摘発していくということになる。萎縮効果を狙って、捜査手法は捜査の差し障りにならない程度に発表され、そして「ケータイからの児童ポルノサイトアクセス」は激減していく。

ここまで、まだ児童ポルノブロッキングは出てこない。しかし、発表のタイミングは、まさにブロッキングの導入の是非の議論が本格的になっている段階で行われるだろう。それは、児童ポルノブロッキングの「方式」をめぐる議論に影響を与えるためだ。

児童ポルノブロッキングで、すでに外国で導入されているものでメジャーなのは、DNSポイズニングと、ハイブリッドフィルタリングだ。DNSポイズニングは、ホスト名単位で児童ポルノサイトについて嘘のIPアドレスを返すようにする方式。ハイブリッドフィルタリングは、まずはホスト名からIPアドレスを返すところまでは真正のもので、その後、児童ポルノサイトや画像を含むホストへの経路を曲げ、透過プロキシーサーバを通し、そのプロキシーサーバでURL単位でフィルタリングを行う。DNS単位のブロッキングは、無関係なものもブロックしてしまうオーバーブロッキングが起こりやすい。しかし、DNSの問い合わせは、通常の運用ではログは残らない。また、残ったところで、それと「児童ポルノサイトへのアクセスの意図」との結びつきを証明するとも言い難い。一方、ハイブリッドフィルタリングの場合、プロキーシーサーバを通ったものは、通常の運用でログが残る。ただし、事前にIPアドレスで振り分けられている。

ハイブリッドフィルタリングが用いられている背景は、対象サイトが少数という前提の場合、全ユーザーの全HTTPトラフィックをプロキシーサーバーに通すよりも、設備投資の面で合理的だということにある。しかし、やっていることは複雑だから、例えば3号児童ポルノが現行法どおり残ることになって海外合法サイト多数をブロッキング対象から外せなくなり、さらに創作物が加わって、ということになって対象サイトが多くなりそう、ということになった場合、どこまでコスト面の優位性があるかは不透明だ。ISP内で経路をルーティングするルータ上に、細かいIPアドレス1つずつをプロキシーサーバに通す経路情報を加えていくと、性能上の問題が出る場合がある。IPアドレスをブロック単位でまとめるようにすれば、プロキシーサーバの性能強化が必要になる。いっそのこと、ユーザーのアクセス線から近いところに比較的安価な機器をたくさん置いて、全トラフィックをフィルタリングしたほうが楽、という話が出てくるかもしれない。そうしたタイミングで「全トラフィックのログがあったほうがペドファイルとのたたかいに望ましい」という議論が出てくる可能性がある。 全トラフィックのログがあれば、例えばサイト通報でブラックリストにサイトを追加したさい、今後のアクセスをブロックするだけではなくて、遡及的にログと突き合わせてアクセスした人物を特定していくことができる、といった議論だ。もちろん、「スマートフォンやPCが、ケータイから逃げたペドファイルの居場所になっている」という掛け声がついてくる。また、「未遂・予備」が処罰対象になると、ブロッキングの意味合いも異なってくる。そうしたものが処罰対象でなければ、ブロッキングには、「ユーザが違法行為を犯してしまうことから守る」というパターなりスティックな効果もあるのだが、未遂・予備罪のある状況では、ブロッキングされたということは、自らが捜査対象となる覚悟をしなさい、という話になる。

そして、ユーザーの全HTTPトラフィックがプロキシーサーバ経由となり、すべてログをとられるようになれば、そのログの捜査令状が児童ポルノ捜査目的のみということはおそらくなく、あらゆる犯罪捜査目的に「活用」されていくだろう。こうして、私たちの「通信の秘密」は、大幅に損なわれていく。これは、ありうる未来のひとつだと、私は思っている。